3.魔術師

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3.魔術師

「き、気にならないのか?」 「気にならないわけじゃないけど、この年じゃ話があるだけ儲けものだろ。選り好みできる立場じゃないし」  俺の答え方が悪かったのか、クマルは黙ってしまった。でも、事実だから仕方がない。贔屓客のいなくなった男娼に出来る仕事なんか数えるほどしかない。  部屋に戻ると、トアが青い顔をして待っていた。どうやら自分が余計なことを言ったのではと心配していたらしい。館主から話を聞いた、そう日を置かず先方から迎えが来ると言えば、たちまち涙ぐんだ。 「ご、ごめんなさい。兄さんのお祝いに涙なんて……」  ごしごしと目をこするトアの姿が切ない。トアをはじめ、この娼館にいる者たちは皆、身内の借金の(かた)に売られた者ばかりだ。彼らをずっと可愛がってきたから、寂しい気持ちがよぎる。 「いいんだ、トア。俺の服とか色々残していくからさ。よかったら皆で分けてくれ」 「嬉しい。皆、喜びます」  春の短い男娼たちの中で、身請けされて出ていける者はごく僅かだ。身に付けた品は縁起物、自分たちも後に続けるようにと大事にされる。こんな俺でも、わずかなりとトアたちの支えになれたら嬉しい。  盛大な祝いの宴を開いて送り出されるのが通例だが、館主の口調ではそんな時間もなさそうだった。トアたちに、普段口に出来ない甘味の一つでも渡してやりたい。  娼館の外に勝手に出ることは許されないが、館主の許可があれば外出できる。街に行きたいと言えば、トアはすぐに許可をもらってきた。ただ、用心棒のクマルの姿が見当たらないと言う。あと数日しか仕事がないと知って、どこかで油を売っているのだろうか。 「クマルを待っていたら日が暮れる。そんなに時間はかからないから、さっと行ってくるよ」  持ち物の中で一番質素な服を選び、髪が見えないようにしっかりと布を巻く。鏡を見れば、伯父の言葉が耳の奥に甦った。  ……サラン、決してその髪と瞳を人に見られるな。  十年前に、この国では大きな内乱があった。銀の髪に碧の瞳を持つ者たちは、その時にことごとく露と消えた。  あんなに伯父が危惧したこの外見が、今日まで俺の命を繋いでいる。何て皮肉な話なんだろう。  館主はクマルがいないと知ると渋い顔をしたが、用心棒の一人を俺の護衛に付けた。面識のない男だが、最近雇ったのだと言う。娼館の門を抜けると、店々の立ち並ぶ通りまではそう時間もかからない。  まだ陽があってよかった。この街に長い間いたけれど、自由に街の中を歩いたことはほとんどない。夕暮れ近い町の空気は穏やかで、最後に歩けて良かったと思う。仕事を終えた人々や遊び疲れた子どもたちが、足早に脇を通り抜けていく。
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