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――お前は、私のもの。
今までに何人もの客が、そう言った。彼らは皆、同じ言葉を呟き、同じような経過をたどる。まるで呪いを受けたように。
閨の睦言だったはずの言葉が少しずつ少しずつ狂いはじめ、態度が変わる。好きなだけ俺を貪っては暴き、最後は自分の元に閉じ込めようとする。
……お前は私のものだよ。その銀の髪に碧の瞳。ああ、あの方にそっくりだ。
お忍びで通って来た貴族たちの中には、失われた一族への妄執を抱く者が多かった。彼らは俺の容姿に他の者を重ね、大金をつぎ込んだ。それでもかまわなかった。俺には金が必要だったから。
呪いのような言葉を何度も呟く男に引きずられ、通りに出た。もう人通りはなく、少し先に止まっている馬車の灯りだけがぼんやりと見えた。あれに乗せられたら最後だ。
男の腕を振り払おうとしても、びくともしない。足がもつれて転びそうになり、男が弾みで手を離した。よろけそうになったところを堪えて必死で走り出せば、布ごと髪を掴まれて地面に叩きつけられる。
男が自分の上に体を乗りあげた。大きな手で首を押さえつけられ、息が苦しい。
「サーラ、私の可愛いサーラ! いけない子だ、どうして逃げようとする?」
「げほっ……や! やめ……」
「何でも好きなものを買ってやる。お前の望み通りに」
暗闇の中で、男の興奮して上ずった声だけが聞こえる。男の手の力が増して、うまく息が吸えない。
苦しい、痛い。怖い。……このまま、死ぬんだろうか。
暗闇の中で力が抜け、意識が遠くなる。
「この馬鹿野郎! 自分の望みしか考えてねえくせにッ!」
ふっと体が楽になり、自分の体の上の重みが消えた。
小さな小さな声が聞こえる。低く優しい声が歌っている。昔、聞いたことがある。
あれは、どこだっただろうか。そうだ、馬の上で聞いたんだ。夜の中を走る馬の耳が、くるくると動いていた。
「おい、大丈夫なのか? サランは平気なのか!?」
「……ちょっと静かに! 腕の中から離す気がないなら、しっかり抱きしめててくださいよ!」
男たちの揉める声がする。どちらも聞いたことがある声だ。
話し声が聞こえなくなると、歌が続く。段々体が楽になって、温かくなっていく。ふっと目を開けたら広い部屋の床の上だった。逞しい腕に抱きかかえられている。
「サラン!」
俺は何度も目を瞬いた。
「クマル? ……何でここに」
クマルは何も言わず、頬に触れた俺の手をそっと握りしめる。
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