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海に飛び込もうとしたあの子は八歳だった。あれから十年。にっこりと笑った顔に、遠い日の面影が重なった。
「俺は馬鹿な子どもだった。王子だからとちやほやされて、相手が自分の言うことを黙って聞いてくれるものだと信じていた。サランの気持ちなんか考えもせずに」
おそらく貴人の子だろうとは思っていたが、王子だったとは。
クマル……いや、キフェルがもう一度、俺の手を取った。恭しく手の甲に口づける。俺よりもずっと背が高くなって、体も比較にならないぐらい逞しくなった。澄んだ瞳の色だけが、あの頃と変わらない。
「ようやく成人して国から出られたんだ。ずっと、サランを想っていた」
「……あ、あの」
「うん?」
「知ってるだろ。俺、身請けが決まってるんだ。会いに来てくれたのは嬉しいけど、こ、これで、本当にさよならだ」
何とか言い切った言葉の語尾が少しだけ震えた。どうしてこんなに胸が痛いんだろう。笑っているつもりなのに、ぽろりと涙が頬を滑り落ちた。
「あの男から助けてくれて、ありがとう」
俺の手を握っている力が強くなる。キフェルは何度も瞬きをした後、意を決したように言った。
「さよならなんか、二度としなくていい。……サランを身請けしたのは、俺だから」
あまりの衝撃に声も出なかった。
✿短いのでおまけ更新。今夜も更新します😊✿
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