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4.一緒に ※
長い沈黙の後、どうにか言葉を絞り出す。
「……どうして?」
何で俺なんかを身請けしようとするんだ? とっくに盛りを過ぎて、女のように子を孕めるわけでもないのに。
「だ、だめだ。お前の所には行けない!」
キフェルは大きく目を見開くと、俺の手首を即座に握りしめる。
「サラン!」
「だって、お前は一国の王子なんだろう? こんな他国の男娼なんかに金をつぎこんでどうする!」
「……俺の金だ」
「ばかッ! だから、それがまずいって言ってんだよ!」
思わずかっとして怒鳴りつけ、キフェルの手を振り払う。黒い瞳が射抜くほどに強く俺を見た。
それでも言わずにはいられなかった。彼が使う金の元は民が必死に納めた税だ、身請けなんかに使っていいはずがないと。
生まれながらの王族や貴族たちは、自分たちの使う金の意味や価値なんか考えない。財は当然あるもので、民は自分たちが生きる為に存在するものだからだ。でも、ある日突然、全てが変わってしまうことがある。その時になってから後悔しても遅いんだ。
「俺が館主に言うから! キフェル、この話はなかったことにしよう。お前は俺の事なんか忘れて国に帰るんだ」
キフェルが悔しそうにぐっと眉を寄せた。
「……サランは、十年前と同じことを言う」
「キフェル?」
「俺は、この十年間、ずっとサランの事を忘れられなかった。サランにもう一度会うために生きてきたんだ。その想いを、どうしてサランが無いものにしようとする!」
ドクン、と大きく胸が鳴る。
キフェルの瞳が、遠いあの日を連れて来る。暗い海の向こうに見えた夜明けの光。黒から少しずつ紫がかった藍色に変わる空の色。空が白んだ頃に、はっきりと見えた船の姿。
港を遠ざかる船からは、幼いキフェルの叫び声が聞こえた。何度も何度もただ一つの言葉を繰り返す声が。
「金は自分で稼いだんだ! サランを迎えに来るのに必要だと知ったから」
――自分で?
「本当ですよ、サーラ様」
魔術師のタオが、穏やかに割って入った。
「殿下がご自身の力で手にされたものです。我が国では魔術大会が盛んでしてね。誰でも出場できるのをいいことに、殿下はえげつないほど勝ちまくって莫大な賞金を手に入れたんですよ」
……知らなかった。いや、違う。
俺はキフェルを最初から信じていなかった。自分で稼ぐ王族なんかいるわけがないと思っていたから。
「まあ、殿下もお言葉が足りませんし、小心者なところがおありですしね」
タオにきっぱり言われて、キフェルは唇を噛んでいる。お二人でゆっくりお話しになった方がいいですよ、と言い残して部屋から出ていった。後に残されたのは俺たちだけだ。
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