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キフェルが、じっと俺を見つめる。
「故国では、王族や貴族は元々高い魔力を持つ。幼い時から、魔力を自在に使えるように鍛錬もするんだ。サランに会うには多額の金が必要だと知ってから、片端から賞金の出る魔術大会に参加した。でも、どんなに魔力が高くなり金を得ても、父が国から出してはくれなかった」
「キフェルの父君は正しい。この国から逃げる者はいても、逆はいない……」
十年前に王都の自分の部屋から見た真っ赤な空。あれは、王城を焼く炎を映していた。
長い間、富を欲しいままにしていたこの国の王族たちは、民の生活を振り返らなかった。飢饉が続き、たまりかねた一部の貴族が騎士たちを従えて反旗を翻したのだ。
ようやく戦が終わった後も、混乱は長く続いた。国は疲弊したままで、人々の暮らしは未だに楽にならない。
「成人して十八になれば、自由に国を出られる決まりだ。誕生日を迎えてすぐに故国を出て、ようやく……ここまで来た」
「俺のために?」
キフェルが微笑んで頷く。
「……ごめん」
「サラン」
「お前の気持ちを踏みにじるようなことを言って、ごめん」
「いや、俺も……すぐにサランに正体を名乗るはずが。その、できなくて……」
キフェルはこの国に来てすぐに、俺の行方を捜した。姿を変えて娼館に潜り込んだものの、俺の記憶が途切れ途切れだと聞いた。自分の事も忘れられていたらと、すぐには打ち明けられなかったのだと言う。
「サランは思ったよりもずっと、綺麗になってた。な、なかなか言えないでいたら、馬鹿な客にひどい目に遭わされてた。もう絶対に誰にも触れさせないって思ったんだ」
「もしかして、客が来なくなったのは……」
「……」
ああ、否定しないってことはそうなのか。タオが通ってきたのも、俺の記憶を確かめたかったからだな。
下を向いてしゅんとしている姿に、急に体から力が抜けてしまった。
キフェルは、膝に置いた俺の手を、おずおずと握る。柔らかく小さかった手は、俺よりもずっと大きくなった。
「今度こそ俺と一緒に行こう、サラン」
――なぜ船に乗らなかった、サラン。お前だけでも逃げのびていれば。
キフェルの言葉を聞いた途端、かすれた男の声が耳の奥に浮かびあがる。伯父は俺を無理にでも船に乗せなかったことを、最期の時まで悔やんでいた。
「神様は意地悪だな、キフェル。今頃、俺の元にお前をよこすなんて。本当に助けが欲しい時には、誰も助けてはくれなかったのに」
「……サラン」
キフェルが泣きそうな顔で、俺の体を抱きしめる。大きな体は、すっぽりと俺の薄い体を包み込んでしまう。
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