4.一緒に ※

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 誰かが歌っている。懐かしい旋律がゆるやかに心に満ち、記憶を揺らす。ふっと目を開ければ、キフェルが俺の髪を撫でていた。 「悲しいことは忘れていいんだよ、サラン」 「……キフェル」 「無理に思い出さなくていいんだ」  額に口づけが落ちて、途切れ途切れの記憶が揺れる。  ああ、あれは伯父が残した日記だ。母の名前があって、その後には。  ×月×日 ×××、御子を引き渡した後、死を賜る。 『……サラン、お前が最後の一人。お前さえ生きていれば……』  伯父の言葉が耳の奥で渦を巻く。彼は重い病の床でも仕えた一族を忘れなかった。最期の時まで、俺ではない誰かを見ていた。 「キフェル……」 「もういいんだ。サランの心を壊すような者たちはもう、誰もいない。俺と行こう」 「一緒に行ったら、キフェルの迷惑に……ならない?」 「サラン、俺の国はね、魔力の高さが一番大事なんだ。故国に俺より力のある魔術師はいないから、心配しないで。それに、俺の国じゃなくてもいいんだ。サランが行きたい場所に連れていくよ」 「一緒に行けるなら……、どこでもいい」  キフェルは頷いて、俺の髪に口づけた。 「時々だけど、一緒に行けばよかったって思った」 「……知ってたよ。魔歌が教えてくれたから」  魔歌は、歌そのものが力を持つ。  俺があの不思議な歌を思い出す時、キフェルは俺の様子を感じることができたらしい。時折、泣いている姿も見えたと言う。 「すごいんだな、あの歌」 「……うん。ずっと祈ってたよ。サランが嫌なことを忘れて生きてくれますようにって。この国は遠すぎて、力の無い俺にはそれしか出来なかった」  キフェルは優しく俺を抱きしめる。この腕の中にいたら、もう何も怖くない。天を焦がす炎も、旅立つ船を思うこともない。少しずつ、母や伯父の記憶が曖昧になっていく。これじゃあそのうち、この国で暮らしていたことも忘れてしまいそうだ。 「何だか、色々忘れすぎ」 「いいんじゃない? 代わりに俺の事でいっぱいにして」 「えええ……」 「ちょうどいいでしょ。俺は初めて会った時から、サランで胸がいっぱいなんだから」  綺麗な黒い瞳が俺を見る。  ……夜、一人きりで怖くなると、お前の瞳を思い出してた。  心の奥にある綺麗なもの。これがあれば、俺は生きていけると。  キフェルがふざけて顔中に口づけるから、くすぐったくて笑ってしまう。  ああ、この先ずっと、キフェルさえ側にいてくれればいい。 「たとえ嫌だって言われても、一緒にいるからね」 「約束な」  あたたかい腕が、しっかりと俺の体を包みこんだ。         【 完 】 ★・・・☆・・・★・・・☆・・・★・・・☆ 表紙の絵(てんぱるさんフリー素材)は、十年前に二人が別れた海にぴったりだなと思っています。ようやく一緒にいられます。二人を見守っていただき、ありがとうございました!
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