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前世の経験少しは覚えてるからさ。チャンスは見逃せないって知ってるよ。
彼から目が離せない。
かっこいー。
令嬢はみんなそう思ってるのか、通り過ぎた彼をじっと目で追ってる。
だよねー。素敵だよねー!
一歩。一歩。
彼はこちらへ進んでくる。
玉座へ。まっすぐに。
進む道を。周りは避けていく。
遠巻きに。
彼が通りすぎても。誰も身動きをしない。
変わらずじっと彼を見てる。令嬢だけじゃないね。
男性も女性も。みんな見てるね。
広間はしんとして。
彼の足音が聞こえるのじゃないかと思うくらいしんとして。
まるで舞台みたい。主人公の登場みたい。
・・・ため息が出そう。
とうとうお父さんの前へ来た彼は。じっと玉座を見上げた。
その刹那。
一斉にみんなが緊張した気がする。
彼の雰囲気は、威厳・・・とは少し違う?何か重いのは確かで。
もしかして。怒ってるのかしらと疑った。
だけど。
無表情だった顔に、アルカイックスマイルを浮かべた彼は。
胸に手を当てて騎士の礼をとった。はー。その所作も素敵。
「遅参いたしまして申し訳ございません。
辺境伯が嫡男、アジュガがご挨拶を申し上げます」
長い口上をすべて省略した!
侯爵・・・我が国の騎士団総長を務める侯爵様みたいに!
貴族というより騎士って感じで「貴族的な礼儀は嫌いです」って平気で言うの。
もうかなりのご年齢だけど、格好いいのよねぇ。
言ったら、現世での初恋の人かもしれない。
・・・いやぁ。素敵。騎士団総長みたいな態度もいい。私の好きなタイプが全部詰まってる。
それに。
聞いた?今の声!!!聞いた?!
低音ヴォイス。あのまだ子どもっぽい線の残った顔から出る低音ヴォイス!
素敵。〇〇〇さんの声みたい!・・・って誰?
せいゆ?
声優さん?どうやらこれも前世の記憶だな。
アジュガ様・・・。
はぁぁ、素敵な名前。名前まで素敵。
黒髪は耳の前だけを頬のあたりで切りそろえてあって。後ろはたぶん腰まで伸ばしてある。今はそれが三つ編みにされているから、少し短く感じるけれど。
真っ白だと思った衣装は、本当にほんの少しだけ。青い色を混ぜたような色。
黒髪に黒い靴。引き締まった印象。はぁぁ。
素敵。
イケメンイケボ。黒髪!
理想のタイプが立っている!
いやぁぁぁぁ!すてきぃぃぃ!
私の中身は奇声を上げて踊りまくってたんだけど。
たぶん兄ちゃん以外からは高揚してるって気付かれてないと思う。
じっと彼を凝視しちゃってはいたけれど。
落ち着いた王女の態度では居たはず。
・・・この頃までは。
お父さんは、にこやかに彼に話しかけている。
よく来た。辺境伯は・・・来なかったのか。
あの地を良く治めてくれており感謝している。そう伝えてくれ。
実は、お前とは幼いころに会ったことがあるのだ。
・・・大きくなったものだ。
嫡男として立派に成長し、自慢の息子だと言っていたぞ。
背を追い抜かれるのではないかと辺境伯は心配していたな。
・・・そうか。まだ伯のほうが高いのか。
ぜんっぜん知らなかったわ!辺境伯様とお父さんって仲良かったのね。
定型のゆっくり過ごしていけ、という言葉でお父さんが話を終わらせると。
アジュガ様は、私のほうを見られた。
目。
目が合った!素敵!めぢから凄い!
なんかやっぱり怒ってる?強い感情が隠れてる。素敵。
2歩。こちらへ来られたアジュガ様。
椅子の前に居た兄ちゃんは、アジュガ様との間を邪魔するように移動した。
「我が国の若き獅子。王子殿下におかれましては・・・」
アジュガ様は今度は長い口上をろうろうと!
良い!この声。ずっと聞いていたい!
兄ちゃんは彼の挨拶が終わっても。避けてくれなくて。
私も話したい!と思った時。
「本日は王女殿下のお祝いの夜会でございますれば、私にも言祝ぐお許しをいただきたい」
声かけてくれる?!
そ、そうだよね、一応これは、私の誕生パーティだった!
やった。私。よくぞ今日生まれた!
兄ちゃんが渋々?避けたら。
アジュガ様はまっすぐに私を見つめた。
ステップの上に立っているままの私。目線は同じくらいの高さ。
兄ちゃんと同じくらいの背なんだね。
兄ちゃんよりがっしりしてる。辺境伯は騎士の家系だもんね。
やっぱり怖いくらいの強い瞳。目が離せない!
アルカイックスマイルで彼は。マナー通りの挨拶を。
「・・・本日はお誕生日おめでとうございます」
ここで、私がありがとうと答えれば、おしまい。
彼は立ち去ってしまう・・・。
「あなたもおめでとう。それは夜会デビューの衣装よね?」
そりゃぁ、引き留めるでしょ!!!
だってだって!ここで話をしないと。絶対他の令嬢に囲まれてしまう!
みんな彼を見てるもの!
いまだに彼を見てるのよ?
誕生日なの!だからちょっとだけ譲って!頼む!
話しかけられるとは思っていなかったのか、彼はほんとに一瞬固まった。
「はい、本日がデビューとなります。王女殿下と同じ日となり光栄です」
光栄は私のほうですー!
にまにましたいけど我慢!
「おいくつ?」
「は。16歳になります」
遅い?嫡男って仰ったのに。16歳で夜会デビューは遅めよね?
「わたくしは14歳になったの」
「存じ上げております」
顔色は変わらないけど・・・瞳が少し動揺してる?
こんなに話しかけられると思ってなかった?
「アジュガ様とお呼びしてもいい?」
瞳が揺れた・・・嫌だった?
「・・・光栄でございます。第一王女殿下」
優しく光った?許してくれた?
「ゼフィランサスと呼んでもらって構わないわ」
・・・。
沈黙が流れるけど、絶対ひかないわ!
名前を呼んでほしいんだもん!
にっこり笑って彼の言葉を待つ。お願い。一度でいいから!
「ゼフィランサス王女殿下」
ほんの少し困惑した様子で・・・それでもにこりと名前を呼んでくれた!
名前を。私の!名前を。し、心臓が爆発しそうな気がする。
はぁー幸せ。
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