アジュガ様の言葉を私が聞き逃すはずないじゃん(あー。なんていうか・・・まぁ。そうだね)

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アジュガ様の言葉を私が聞き逃すはずないじゃん(あー。なんていうか・・・まぁ。そうだね)

ぐっ。恥ずかしい。 なんだよ、ウインクできないって。 扇を広げて顔を隠して。そんなはずは無いんだ!とちょっと練習してみる。 ・・・確かに一瞬真っ暗になる? ちゃあんと片目瞑れてたら、視界が暗くはならないはずだよね・・・ぐぐぐ。 兄ちゃんは、ごほん、と咳払いした。 「しかしだな、ゼフィ。兄さまに対してウィンクしてくれるなら、他に男がいないところでしなさい。 勘違いする阿呆が出るかもしれんからな」 まだ両手で顔を覆ってるアジュガ様に、意地悪言ったつもりみたいだけど。 私は知らん顔しちゃう。ふふふーんだ。 兄ちゃんにはしてないよー! 兄ちゃんはそんな私を見て。アジュガ様の赤い耳を見て。また私を見た。 「ガーベラ。そう睨みつけるな。私だって。 ・・・アジュガがそれなりの候補だってこと、わかってはいるんだ」 兄ちゃんはすっと手を伸ばしてくるから。つられて手を伸ばす。 小回りのきくこの馬車は、それほど室内も広くない。 届いた手をぎゅっと握ってくれる兄ちゃんの手は、おっきくってあったかい。 「でも。 トラルト辺境伯領は遠いだろう? しかも社交をほとんどしない家だ。ゼフィに会える機会は、どんと減ってしまう」 ガーベラは兄ちゃんへの表情を緩めた。 「それで、王都に職を持つ貴族家から姫様の婚約者候補を選ばれたのですね。 王太子となられるはずのお方が、いつまでも寂しがりでは困りますわ」 兄ちゃんの筆頭侍従が私を平気で叱るように。 ガーベラも平気で兄ちゃんに苦言を呈する。 ちょっと肩をすくめた兄ちゃんは「可愛い妹だ、当然だろう」と開き直った。 いや、恥ずかしいから! 私は繋いでた手を引っ込める。 寂し気に上目遣いとかやめてくれ。金髪碧眼、理想のおうじさまの外見でそれやられると、いくら兄ちゃんでもどきっとしてしまうんだよ! 「・・・それに」 兄ちゃんは視線を落とし。雰囲気を変え、低い声で呟く。「それに、だな」 重く発せられたその言葉に。 びくっと!アジュガ様は顔を覆ってた両手を下ろした。 現れたのはアルカイックスマイル。すました声。 「王子殿下のご心配は杞憂です。 たとえ私の命に代えても王女殿下の御身は守ります」 命に代えてほしくはないけど、そういう言い方をしてくれて嬉しいな。 「、など有り得ません」 ・・・あれ?すごく重い声。アジュガ様も雰囲気変わってる?喧嘩を売ってるのかと思うくらい低い声だね、笑顔なのに。 彼のほうを見ないままで、兄ちゃんも笑顔を張り付けた。 「生涯心持が変わらんとは思えぬな」 「生涯変わらぬ自信しかありませんね」 あら、まただ。にこにこ言い合っているのに。ふたりともなんか怖いねー。 「着いたようだな」 馬車がしっかり停まると、兄ちゃんは立ち上がった。 「辺境伯へ国王陛下(父上)が依頼した臨時騎士の派遣は、明日までだったな。 妹をよろしく頼む。 ゼフィ。執務が立て込んでいるから、ここで別れるよ」 馬車の扉が開くと、兄ちゃんはさっさと王城へ歩き出した。 あれ? 置いて行かれた? これ、アジュガ様のエスコートで部屋に戻って構わないってこと? 帰りもきっと邪魔されると思ってたなー。 アジュガ様はにこっと笑ってエスコートしてくれた。 ・・・もう護衛の顔、してませんけど?いいの? ・・・うーん。でも話しかけてはくれないのね。 こちらから話すのもやめておく。護衛騎士と言うお仕事中だもんな。 すれ違う官吏や侍女もいるし。 小さな段差にも、アジュガ様は速度を落とす。 ・・・エスコートってさぁ。こんなに違うと思ってなかったよね。 兄ちゃんのそれは、淑女を扱うものじゃなくって。今にも走り出しそうな私を捉まえてるみたいで。 でもアジュガ様は、敬意をもって私を支えようとしてくれてる。 どうして一緒に歩くだけで、こんなに幸せな気持ちになるんだろうな。 はぁ、もう部屋だ。もっと遠くに部屋を移動したいね。 ここまで私語はなにひとつしなかったけど。笑顔のままのアジュガ様は、私の指先に唇を落としてから、去って行かれた。 手を離す寸前にきゅっって! きゅっっって(ちから)がこもったよ! 凄いドキッとした! なんか色っぽかった。心臓の音が耳元でガンガンなってるんだけど!助けて! ほけっとした私をガーベラはソファに座らせて。 お茶を淹れてくれた。    「姫様。大丈夫ですか」 ソファにかけて、ガーベラの美味しいお茶を飲んで。 ぼんやりと考え込んで。 「それに、のあと。お兄様は何を仰りたかったのかしら」 辺境伯領は国境の領地。隣国との仲が悪くなれば、戦場になる可能性がある。 それを心配されてるんだと思ったんだけど・・・。 そのあとのアジュガ様との会話は少し変だったよね。 「あの地は国境ですから、その心配もでしょうけれど・・・」 ガーベラは少し言いよどむ。ん? 「トラルト領は、我が国に組み込まれて一番歴史の浅い土地。 反旗を翻された時には、姫様は人質となってしまわれます」 「・・・は?」 兄ちゃんはそんな当たり前のことをわざわざ口にしようとしたの? 「実際、それが・・・こういう政略結婚の条件のひとつじゃない?」 我が国は、周辺の国を円満に吸収するために、と。王家との縁を結ばせてきたけど。 王族をくれてやるのだから、我が国に従え。そんな感覚が無かったとは言えないと思う。王位継承権を返したうえでの婚姻は、相手にとっては何のうま味も無いというのに。 そんなもと王子、もと王女の中には、冷遇された方だっていたはずだ。人質としか思っていないなら、ただ生かしておくだけでいい。 アジュガ様は私に優しいけど・・・。 きっと領地には恋人がいるだろう、あんなに素敵な人だもの。 トラルトが国だった頃には、あすこの王族は一夫多妻制だったはず。 第2、第3夫人を持つことを婚姻の条件に出されるかもしれない。 ・・・はぁ。 「姫様。背筋を伸ばして。そんなしゅーんと落ち込んではいけませんよ」 くすり、とガーベラが笑う。「ちゃんと、アジュガ卿の言葉を覚えていらっしゃいますか?」 言葉・・・? 「生涯、姫様だけを大切にしてくれるとは思えない。 そう王子殿下が仰ったときですよ」 そんなこと兄ちゃん言ったっけ??? 「生涯、姫様だけを大切にしますと言ってくださったではないですか」 そんなこと言われてない! そんなこと言われたら嬉しくって舞い上がってるからね!言われてたら忘れないからね! 言われてないよ?!
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