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私を見失っても不問に付すことになってる(そだねー。怒られてたら可哀想だもん、侍女たち)
”辺境伯家”とは、我が国では国境の領地をもつ家を呼ぶ。
だから小国が我が国に入るたびに一つ増え、二つ減り。二つ増え、一つ減り。そんな感じで増減してきた。
国境だった領地がそうではなくなった時。たいていは侯爵家へと、しょう爵してる。
辺境伯家、は免除されている事柄が多い。社交もそのひとつ。
王族主催の夜会でさえも、遠い領地であることを理由に断ることを許されている。
納める税金も安価設定だし。辺境伯家でいるメリットは、なくも無い。
だけど。辺境伯家に対する王家からの干渉は大きい。特に武力に関しては厳格に見張られることになる。
いくら向こうから頼まれて我が国へ吸収した土地でも、いつまでも感謝し続けてくれるとは王家だって思ってないのだから。
普通は、王都での社交と交換に国内でのちからをつけた方がいいと考え、侯爵家になってくれてるのに。
それをわざわざ辺境伯家へ戻った家系。
歴史の家庭教師は言葉を濁していたけど。いつか、我が国から独立する気なのだろうと思ってるみたいだった。
なーんか。ちょっと思うところ、あって。
兄ちゃんの執務室からの帰り、侍女たちを撒いちゃった。
ひとりに、なりたかったんだ。
歩くたびに少し先の魔法灯が点る廊下には窓も装飾も無い。まるで地下道みたいに見えるけど、ここは3階・・・ん?中2階になるんだっけ。
この廊下、見つけたのは子どもの頃。下女たちが使う掃除洗濯のためのこの通路はかなり複雑なんだけど。
下女たちのための案内板付きなんだよねー。少しくらい迷っても、いつか私室に近い部屋に出れる。
王女としては、こんな短い時間でもひとりで居ることなんてほとんどない。
・・・こんな気持ち久しぶりだな。
前世では、もっとひとりで居る時間、多かったと思う。
だから記憶が戻った頃は特に。侍女たちにいろいろ構われる?ことが嫌だった。
ひとりで着替えできるし(幼い頃はコルセットもつけないし、ワンピースって感じの服だったから)ひとりでお風呂に入れるよ。
でも王女だもんなー。言ったら変な顔されちゃった。
ひとりになりたくて、庭で隠れたり、塔にのぼったりしたなー。いつだって最後はガーベラに見つかったんだけど。
・・・あぁ。
アジュガ様に会いたい。
こんな時に、人に会いたいって思うのは初めてだ。
私は王女なんだから、国民のために生きなくちゃ。結婚相手を選べる立場には居ない。
ううん、アジュガ様以外の婚約者なんて嫌。
私は王女だ!って矜持と。それをバカバカしいって思う気持ちと。
なんだかごちゃごちゃしてて変な感じ。こういうのが恋愛脳って言うの?ちょっと違う?
単に初恋に浮かれてんのか。
目についた扉を出ると廊下で。窓を見上げると、今日も少し空は湿ってる。
・・・もしかしてアジュガ様、図書室に居るかも。
会いたいな。
珍しく、図書室には調べ物をしてる官吏がいなかった。
いつも慌てて何か書いてる人も。何冊も本を抱えてふらふらしてる人もいない。
しんとしてる。これが本来のはずなのに、なんだか不思議な感じ。
・・・奥の方で人の気配がする。アジュガ様かな。
気配を探しながら進むけど・・・。
誰もいない?
つうと見上げると、高いところの本を取るための梯子段に、座っている人が居た。
なんかすげぇキラキラしてる人。
金髪碧眼?王子様って感じの外見は、少しだけ兄ちゃんと似てるかも。
私に気付いたその人は、こっちをじっと見たまま段を降りて近付いてくる。
兄ちゃんより暗い色のブロンドに。濃い青の瞳。線が細いからか、美少女が男装してるみたいだ。
あれ?ほんとに兄ちゃんと似てるかも。
あと数歩、という距離まで無表情で近づいた彼は・・・いきなり破顔した。
「お久しぶりです。王女殿下」
はー。イケメンの笑顔ってすげぇなー。どきっとしちゃったよ。
ん?
久しぶり?
「僕を・・・覚えていらっしゃらない?」
にやっとしたように思えたのに、まばたきの後には彼は。悲し気に眉を下げていた。
「ヤプランと申します」
随分と洗練された礼だねー。でも名前も・・・初めて聞いたと思う。
「首を傾げる癖もそのままなのに。
本当に僕を覚えていないのか。
・・・寂しいです。
懐かしい思い出話が出来ると思っていましたのに。
・・・王女殿下は、僕と結婚しようとまで言ってくださったのに」
私が?!まさか!
目を見開いちゃう。そんな可愛らしい子どもじゃなかったよ。
「あぁ・・・それもお忘れなのですね。
酷いな。僕は、貴女を思わなかった日は無いというのに」
相手は凄くしゅーんとしてる。
・・・しかしなー。
名前を聞いても何にも思い出さないし。
なんとも返事は出来ないね。
ふふっといきなり。相手は笑った。
「言質を取られることはしない。王宮内に居る人間でも信用をしない。殿下は甘そうに見えてそうでもない」
誉め言葉には聞こえない。
彼のすっと立っている姿勢は綺麗で。物理的に危害を加えることが出来ないというぎりぎりの距離にいて。私に近付こうとはしない。
なんだろ、この感じ。
笑った顔のまま彼は、私へすっと片手を伸ばしてきた。手のひらを上に向けて。
・・・そのままの体勢で2歩、こちらへゆっくりと。やっと動く。
もう私へ手が届く。なんだかドキドキする。
身動きできずに彼を見る私に。
「挨拶も受けていただけないほど僕は嫌われてしまったのでしょうか。
あんなに何度も手紙を書くような男はお嫌いだったのでしょうか」
手紙って何のこと?
「・・・あぁ、なんだ。
僕の手紙は殿下のもとへは届いていなかったのか。
王家にも何度も気持ちをお伝えし、お会いしたいと打診をしていたのに。
会えなかったのはそのせいか」
あー。なんか兄ちゃんの顔浮かんだ。
ふつーに茶会とかも断ってたそうだもんなー。私に聞きもしないで。
知らなかったとはいえ、ちょっと申し訳ないね。
手紙?読んでもらってると思ってたみたいだし。
「どこかで、お会いしたかしら?」
仕方なく、声をかける。記憶には無いんだけどなー。
「ええ、幼いころに。一度だけ。
それからずっと、殿下をお慕いしています」
いやぁ、そんなことはないだろー。
相手の手はまっすぐに私に伸びたまま。
挨拶すら受けない、という訳にはいかなそうだな。
出された手へ私は手を乗せる。
彼はそっと自分の口元へもっていき、ほんの少しだけ長く口元に握っていた。
ふ。と吐息が指を撫でる。
ゆっくりと静かに・・・彼はもとの姿勢へ戻った。私が手を引くのを待ってる。
手までが、白く柔らかく。少女のようだね。
不思議。確かに彼から好意を感じる。
「やはり殿下はお優しい」
彼は何か、続けて言おうとしてたかもしれない。
「ひめさまー」
ガーベラの。多分大声が、廊下から聞こえてくる。
さすがガーベラ。図書室に居るって確信してるな。
すぐにばれちゃったね。あー、また叱られちゃうなー。
ふふ、と目の前の男はまた笑った。
「また今日も、侍女をまいていらしたのか」
声のほうを伸び上がって見てる。
まだ、ガーベラは図書館の中には入ってきてなさそう。
「どうか、私と会ったことは内密にしていただけませんか?」
少しだけ、焦った様子?
どうしようかと思ったけど・・・私もその方が都合が良かった。
頷くと、彼はさっと本棚の間へ隠れてしまった。
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