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(決して!格好いい以外の言葉を知らないわけじゃ)あるよねー。
「姫様ぁぁ」
ガーベラの声が。ちょっとびっくりするくらい響いた。
図書室は、2階分を吹き抜けた大きな部屋だから。うん、響いた。
誰もいないとはいえ、許される音量じゃないな。2回目を呼ばれる前に!と急いで出入り口のほうへ戻る。
あ。
「しー」と彼女は注意を受けてて。
口元へ手を充ててるガーベラ。恐縮した顔なんて久しぶりに見たかも。
ははは。・・・って、ごめん。私のせいだっけね。
いつもの官吏たちは、定位置に居て。
ガーベラはすみません、と頭を下げる。
私も軽く微笑んで、ガーベラと図書室を出た。
「迎えに来てもらってありがとう」
廊下にも、行きかう官吏。ここでごめんというのは我慢。
ガーベラもここでのお小言は我慢してくれたみたい。
「あとでお時間いただきますからね」と困ったように。それでも笑ってくれた後「今日の予定はすべてキャンセルしました。騎士の訓練場を視察に行かれますか?」
・・・どうしてガーベラは。
結局私を甘やかしてしまうんだろうね。
廊下から、窓を見上げるとまだ雨が降ってて。
「雨なのに、訓練していらっしゃるの?」
「このくらいの小雨でしたら、訓練していらっしゃいますね」
アジュガ様、訓練場に居たのか。
「会いに行ってもいいのかな」
漏れた小さな声を。ガーベラは聞き逃さなかった。
「あくまでも視察です、姫様。
でも。
もうそろそろ訓練はやめて部屋へお戻りの時間かもしれませんねぇ」
えー!!
「急いで行かないと!」
ふふっと声に出してまで笑わなくてもいいじゃん、ガーベラ!
行くって決めたら、少しでも早く会いたいな。
「ね、近道していい?この廊下使えばまっすぐに行けたはず」
周りに人が居ないのを確認してから、こそっと壁を指さす。
下女たちが使う通路は、たいていの入り口が隠し扉。ここから出た途端に捕まったこともあるから、これでガーベラには通じるはず。
でも、うんとは言ってくれなくて。片眉を下げ、眉間にしわを寄せられちゃった。
「姫様、今日はもう勘弁してあげてください。下女たちの仕事が遅れて、今バタバタしていますから。
それに私はここへ入れませんし」
へ?
ガーベラが、歩きながら説明してくれたのは。あの通路には、登録者しか入れないという事。私が入ると他の者が使えなくなるという事。誰がどこを歩いたかしっかりと管理されているという事。
・・・つまり、私の幼い頃の冒険は!なにもかもぜーんぶみんなの知るところだったという事?!
ええええぇぇぇぇ――――――なんか、へこむ・・・。
「じゃぁ・・・随分、迷惑をかけてたのね・・・」
「いえいえ。洗濯担当の者たちもすっかり慣れて、姫様のお昼寝の時間に通路を使うことにしてましたよ。急な雨の時には、困ってたこともありましたけど。数えるほどです。
通路にあるという案内板も姫様のために作られたんですが、わかりやすいと喜んでましたし。
姫様が危なくないようにとあちこち補修されたので、躓かなくなった。とか感謝してる者が多かったですわ。
今ではメイドになった者も居るんですけどね。よく連絡を取っていたので、あの頃からずっと仲良くしてますわ」
連絡を取ってた・・・。
ガーベラはふふん、と笑った。
それでいつだって、ガーベラに見つかってたのか。
「ずいぶん久しぶりでしたねぇ、姫様が通路に入られたの。
姫様がお使いになることを知らない下女も増えましたから。
急に扉が開かなくなって、ちょっとした恐慌状態になってしまったそうですわ」
あー悪かったなー。
「それで・・・教えてくれたのね」
もう、子どもじゃないし。働く人の邪魔をしてはいけないよねー。
「もう、使われることも無いと思って。お話していなかった私の責めです」
少し悲しそうな瞳。
”ひとりになりたい”
その気持ちを尊重してくれる人ほど。その気持ちを寂しくも思ってくれてる。
ごめんね、ガーベラ。
・
訓練場は、孤影の中庭と左右対称の位置にあって。あの庭と違って、隣接する宮殿のどこからでも訓練が見れるようになってる。
どうせなら間近で見たいよね。1階のサンルーム。
ガーベラは、前面の掃き出し窓を静かに全開にしてくれた。
小雨の訓練場が見渡せる。
ひゃぁぁぁぁぁ!で。ふわぁぁぁぁ!で。いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!だった。
困ったもんだね。アジュガ様の格好良さと言ったら言葉にできないね。
ちょうどアジュガ様は、王宮の騎士と打ち合いをしてたんだけど。
もうね!しゅっとしてすすすっとしてざっと抜けたら、もう!相手は目を見開いて「参りました」って言うんだよ!
訓練用の剣は木製で。血は出ないんだろうけど、当たったらかなり痛そうで。
それを寸止めされた相手はすっかり戦意を無くしてる。
誰も彼の髪なんか見てない。その剣筋を尊敬の目で見てるだけ。その事にほっとしてしまう。
次は自分と!そう言って順に騎士たちがアジュガ様に挑みはじめた。
若い騎士が多いのには気付いてるけど、それでも一番の強さだなんてちょっと困るな。
10人近くの相手をして。ひとりずつ声をかけて指導して。
どんどん女性騎士が質問して、教えてもらってる。強い人に教えを乞うのは当たり前だ。あたりまえだけどさー。背の高い美女しかいなくない?
・・・しばらくして。アジュガ様はやっと休憩するらしく、向こうの壁の方へ進んでく。そこに体育祭のテントみたいな建築物があって、椅子が置いてある。小屋と呼ぶには壁が無いし、ガゼボと呼ぶには武骨な感じ。
女性騎士たちは争ってアジュガ様へタオルを届ける。
いや、わざわざ走ってまで寄っていかなくてもよくない?
女性騎士って結構人数居るんだねー。いくつも一斉に差し出されたタオルに、一瞬戸惑うアジュガ様。
いや別に。
気にしてない。
だけど、ばさっとタオルを放り投げて。アジュガ様の頭に乗せたベル!
「ベルにはなにか褒美を取らせましょう」
うん、ガーベラ!おんなじこと考えてた!よろしく!
そのままタオルを使いながら、ベルのほうへ進んだアジュガ様は。ベルから耳打ちされて、いきなり振り向いた。
私を。見つけてくれた!うん、ベルのご褒美は倍にしてもらおう。
「ゼフィ様。今日、お会いできるとは思ってませんでした」
駆けつけてくれたアジュガ様はでも、サンルームに入ってこない。少しだけいつもより距離が遠い。・・・小雨で濡れているのを気にしてるのかな。それとも、女性騎士の前だから私と仲いいと思われたくないのかな。
「し、視察なの。ま、まさかいらっしゃるとは思ってなかったの」
なんでそんな目で見るのさガーベラー。
「別に、あなたに会いたかったわけじゃないから」
アジュガ様は私の言葉になぜか笑った。その余裕な笑い方にムカッとする。
ほんとに。女性に囲まれてるあなたなんか見たかったわけじゃ無いから。
「ゼフィ様、何か怒っていらっしゃるのですか」
べーつーにー。女性騎士に、さっき手取り足取りしてたのとか気にしてないしー。
「怒ってなんかいないわ」
本当はあんなすらりと筋肉質な大人の女性が好きなんでしょ。
「そうですか?」
まだにやっとしてる?ふーんだ。
「おモテになって良かったわね!」
むすっと言うと、いきなりアジュガ様は消えた。
「え。そこだめ。濡れちゃうよ?」
見下ろすと片膝をついてる。
「貴女様から嫌われたら、私は生きていけません」
なんでそんな。そんなこと!大きな声で言うかなー。
男性騎士たちがひゅーっと口笛を吹いた。
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