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どんどんベタ惚れだってことがバレてない?
「・・・でも俺は感謝すべきなんだろう。ベルが居なければ、嫌われたのかと悶々と悩む羽目になっていたはずだから」
ベルを睨みながらも、そう呟いたアジュガ様は。
私のほうを見つめて「ゼフィ様のその赤い顔が。ベルの言葉が本当だと教えてくれてる」言いながら、また少し私の方へ体を近寄せる。それ、いつものぎりぎりの位置!にやりって笑わないで!
「俺に焼きもちだなんて、嬉しい」と小さく言わないで。やめて!そんな自信満々の笑顔向けないでー!
慌てて扇を広げる。これはでも、横からの視線までは遮ってくれないー。どうせ耳も
「耳まで赤いですよ」そのイケボで報告しないでー。アジュガ様のばか―!
「わ、私は視察に来たんだから」やっと澄ましてそう言う。随分時間かかったけどそう言う。
アジュガ様はもうにやにやしないで、真面目な調子で訓練の様子などを説明し始めてくれた。
騎士はまず体力をつけること。それから筋力、技量を育てていく。そんな基本は、王都も辺境領も変わらないそうだけど。
王都では護衛の仕事が多いから、マナーを学ぶことが重要視されていて。
辺境領では魔獣との戦い方、その特性を知るための座学をみっちり教えるのだという。
「戦い方もまた、随分違います。
生き残ることが目標の我が騎士団は、どうしても泥臭い」
生き残る・・・最期まで戦うということ。打ち合っている様子を見ても、王都の騎士たちは諦めが早い気がする。辺境の騎士は、打ち据えられても立ち上がるもの。
・・・ただ。
アジュガ様が抜けたから。今は副隊長が騎士達にアドバイスを与えてるんだけど。順に打ち合う彼だけは、いつも最後まで手を抜かない。
その太刀筋はすごく優雅で、なのに躊躇が無い。忖度も無い。辺境伯領の騎士たちにも遠慮していない。
「副隊長は、お強そうね」
「お強いです・・・」
ん?
なんか気になる言い方だなー?
アジュガ様の顔を覗き込む。彼は視線を落としてから・・・流し目でこちらを見た。
いやっ。色気。出てる。出てるから。なんかもうぎゅっていろいろ鷲掴みされる・・・私の心臓止める気かっ。
「・・・よく覚えていらっしゃいましたね、副隊長の事。
何年も前の事だと、彼からは聞いていたのに」
アジュガ様は、いつもよりさらに低い声で聞く。
へー、ちび王女の事、覚えててくれたのかー。ちょっと嬉しいね。
人の顔を覚える事は、幼い頃から指導される。それが自分の命を守ることになることすらあるから。
だけど、彼以外の護衛達をすべて覚えていたわけじゃなくて。
あの人は、おそらくカーネル領の出身だと思う。北の領地、冬が長いあの地の出身者は肌の色が白い。透き通るような肌を羨ましく思う王都民も多い。
あの日、ひとりだけ肌が白い彼に目が行った。何年も王都で過ごした今では、他の方と比べると少し白いのかな、程度だけど。あの時にはかなり目立ってた。だから、というのも理由のひとつなんだけど・・・。
「笑ってくれたの」
あの時の気持ちをアジュガ様に言うのはなんだか少し恥ずかしくて。副隊長のほうを見ながら話す。
「あの日。私はまだ幼かったし、急に外出をすることになって緊張してた。
・・・今から考えると、たぶん。護衛の人たちも緊張してたのよね。
みんなすごく真剣な顔だった。
でも。それが私には怖く見えて。我儘で仕事を増やした私を、みんなが怒ってるのじゃないかと思ってて。
その中で、あの人だけがにこにこと私を見てたから。
つい立ち止まって。みんなに言うふりをして、護衛してくれてありがとうと言ってしまったの。
そしたら、周りの騎士たちみんなが。笑顔になってくれた」
あの頃は前世を思い出したばかりで、仕事を増やされるのがどれだけ嫌か!って記憶が鮮明で。
もうほんととんでもない人数の護衛に。いやーもう申し訳ないー。急にごめーん。次回から気をつけますー。ってずっと思ってたんだよなー。
だから「すごくほっとしたんだよね。・・・嬉しかった」
あの頃よりもっと筋肉がついた副隊長は、私の視線に気付いたのか。指導しながらも、私を見て笑ってくれた。あの日と同じ家族に向けるような温かい笑顔。
あ!あぶな・・・。
・・・おお。すげえ。
隙あり、と対峙してた若い騎士が剣を打ち下ろすのを。副隊長はすっと交わして。体勢を崩した相手の足を払い、ひょいと抑え込んでしまった。
「あの騎士は、わざと作られた隙だと気付かなければなりませんでした」アジュガ様はそう教えてくれる。
「すごいわ」私のせいで、副隊長が打たれてしまうかとドキッとしたよ。
「ゼフィ様は・・・副隊長のような方がお好みですか」
その言い方は、いじけてるみたいで。
「まぁ」くすくすと笑ってしまう「私のためにそんな演技は不要よ」
私が、焼きもち焼いて恥ずかしがったから。お返しをしてくれたんだと思う。
「ありがとう」やっぱりアジュガ様は優しい人ね。
ふううううっとゆっくり深呼吸する音がして。
「数日中にひとり。おそらくはそのまた数日後にひとり。
候補者がここへ、ゼフィ様との交流のためにやってきます」
えー。もう知ってるの?
私もさっき聞いたばかりなのに。
びっくりして彼のほうを見る。
「不安です」
私を見つめてそれきり黙ってしまうアジュガ様。
「何が?」
私は出来る限りにっこりと聞く。
「おひとりは大人で。
おひとりは政略の理由が強い」
誰が来るのかも知ってるのね。
「候補者など、誰ひとり来なければいいのに」
私もそう思うー。って言っちゃだめだよね。私の婚姻は・・・結局は国王陛下が決める事。
肯定も否定もしない私をアジュガ様はどう思うんだろう。少しせつない。
騎士達は変則的な腕立て伏せを始めてて。
「見てる分にはすごく簡単そうに見える。でも、みんなの顔は辛そうね」
ふふっと笑って胡麻化そうとしたのに。
「お慕いしています、ゼフィ様」
な、なんでいきなりそんなこと言うかな?!
「今日お会いできて良かった。
割合とは怖いものですね。この先、ゼフィ様は私の割合と合わせるため。
・・・新しい候補とばかりお会いされることになるのでしょう。
それが辛い。あんなに会うのではなかったと思うほどに」
アジュガ様が護衛騎士だった期間はしれっと割合の計算から抜いたもんねー。月の中頃は2日おきに会っちゃったけど。ここしばらくは、3日に1回くらいだったし。
なんとか、3割計算にしておいた。切り捨てで。ぎりぎりの切り捨てで。
・・・それでも。確かにしばらくは、他の方とばかり会うことになる。
しかも、基準がアジュガ様だもの。彼と会わない方が、他の方と会う時間も減らせることになっちゃう。
「だから、今日も。視察なのでしょう?」
すっかり見抜かれてて。なんだか悔しいね。・・・それでも、あなたに会いたかったんだもん。
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