イベリス様は大人だねぇ(あんたは子どもだもんな。前世の記憶のせいでおばさん臭いけどさ)

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イベリス様は大人だねぇ(あんたは子どもだもんな。前世の記憶のせいでおばさん臭いけどさ)

総じて、お茶会は成功のうちに終わった、 と思う。・・・思いたい。 イベリス様はそのまま王城に滞在され。晩餐には、成人した王族全員が揃った。 公務が無く、5人揃うなんて半年ぶりくらいかも。結構すごい確率だよこれ。 どうしよう、状況的にイベリス様をフォローすべきなのは私?? ドキドキしながらの夕食だったけど。 イベリス様はゆったりと落ち着いて受け答えをなさってた。口数は確かに少ないんだけど、騎士らしいマナーと口調は。場数を踏んでて。安心して見てられる?って感じ。よっぽど私の方が緊張してたよ。 大人なんだなー。と年齢差を感じてしまった。 確か兄ちゃんと同じくらいの歳のはず。だけど、兄ちゃんよりず――――っと落ち着いてるよねー。    ・ 早速、翌日の午後にはふたりきりでの。婚約者交流のお茶会となった。 「ガーベラ、今日は伯爵家の方もいらっしゃるの?」 アジュガ様のお父様とお会いした事を思い出す。爵位持ちのご本人と会う、とかやっぱり緊張するよねぇ。 「いいえ、伯爵家当主からの求婚状はまだ出ていませんので」 ん? 嫁入り婿入りする王族への求婚には、その貴族家の歴史とか領地の収益とか。可能なら5代さかのぼっての直系の死因、病気の場合には病名とか。もうそれはたくさんの!いろんな書類の提出が課せられてる。歴史のあるお家だと特に書類は増える。 それは知っていたんだけど。ガーベラが教えてくれたことは知らなかった。 当主からの、つまりお家からの求婚状だけは。正式な婚約を交わす時、最後に提出することになってるんだって。 「それが出てないって事は・・・伯爵家当主はイベリス様と私の結婚に反対だという事?」 「まさか。姫様との婚姻を望まぬ貴族家など有り得ませんわ」 ・・・またガーベラの私びいきが始まっちゃったよ。 はいはいと諫めて聞くと。 このやり方は、通常の事で。候補者が数人いれば、出さないものなんだって。 もしも婚約が結ばれない場合、婚約を断られたという不名誉が公式文書として残ってしまうから。 そこに至るまでは、結婚を打診してただけですよーって言い訳が通るらしいね。 トラルト辺境伯閣下は、その最後の書類も提出してくださったんですわ。とガーベラはにっこりするけど。 ・・・なんだか・・・心配になってしまった。 初めてのお茶会は、格式ある応接室に決めた。イベリス様に似合う気がしたから。 女性王族がお客様をもてなすのに使われるそこは、豪華な装飾ながらも、どこか古めかしい落ち着いた雰囲気の部屋。 先に来て、扉で待っていてくれたイベリス様は。すっと手を出して、ソファまでエスコートしてくれた。 大きな手の安心感は、辺境伯閣下と似てる。 無口な方だから、と。話題を仕入れて準備していたのに。 ほとんど不要だった。 昨日、聞きそびれた部分の砦の話を始めてくれたから。 「殿下もまた、あの砦の女性騎士の物語がお好きなのですね」 も。っていうのは、話していたローダンセ様の事かな。それともイベリス様もあの物語が好きなのかな。 続いた隠し通路の話の腰を折りたくなくて、聞きそびれてしまった。 イベリス様はその後も、騎士として行った砦の話をしてくれる。 国中にたくさんある砦は、いろんなお話の舞台になっていて。物語に出ていた場所の話を聞くのはすごく楽しい! 聖地巡礼の気分!!・・・って。それ何だっけ? 最西の砦のそばにある竜の寝床と言われる場所には、大きく穿たれた岩があって。それがひづめのような形をしているんだって! 妖精の塔とも呼ばれた、もう使われていない砦の屋上には庭園があって。妖精たちのためにと今も花を育てているんだって! ふたごの砦と呼ばれる川の両側にある建物には、建築者の悪戯が施してあるんだって!! 「それはどんなものなの?」 勢い込んで聞いてしまった。ちょっとはしたなかったかな。 イベリス様は優しく笑んで。 「両岸にあるそれは、ふたごと呼ばれる通りよく似ているのです。同じ図面で建てられたとされているのですが、実際にはいくつもの違いがあって。 例えば、3階のバルコニーへ出る扉。赤色と青色で。ひとつは内開きの扉なのですが・・・」くすりと思い出すようにイベリス様は笑った。 「もうひとつは、外開きなのね!」 まるでクイズを出されたように口を挟んでしまう。正解でしょ? ふふっ。 あ。またその笑い方!兄ちゃんとおんなじ。 うー。あ!外開きでバルコニー。塔のバルコニーは狭いのが普通だもの。外に開いたら危険だよね?なんで気付かないんだと思われた?くそぅ。 つい恨みがましく見てしまったのか、イベリス様は言い訳した。 「笑ったりしてすみません。私も最初、同じように思ったんです。でも全く開かなくて焦ってしまったことを思い出していました。 ・・・試行錯誤の結果」 イベリス様は右から左へと手を動かした。「扉は横へ開いたのです」 まさかのスライドドア?! 前世では見かけたけど、お城では見たことないかも。 それはびっくりだわ!私たちは大笑いしてしまった。 その砦には他にも驚く仕掛けがあって。でも、初めて砦へ行ったイベリス様へ、誰も何も教えてくれなかったのだそうだ。 「戸惑うことはかなり多くて。 なんて不親切な先輩方だ、と思いましたけれど。 数年が経ち、先輩の立場になってみたら。後輩へ教える気にはなれなくなってしまいました。 あの不思議を自分で解決する楽しさを知ってほしい。きっと代々、騎士の皆がそう思ってきたのでしょう」 うーん。いい人だなー。意地悪な人もいたんじゃない?って思ってしまう私はダメだねー。 「私も実際に見に行って、試行錯誤してみたいわ」 ふたごの砦へ行ってみたいな。ううん、他の場所にも。 ・・・無理だよねー。今まで王都から出たことは無いもの。 まだ王子ならワンチャンあったんだろうけどなー。王女にはそんな自由は認めてもらえない。 それに兄ちゃんが許してくれないだろう。心配性だから。 「・・・ご一緒に行きませんか」 その言葉は、どこか真剣で。 しっかりと私の目をとらえたオレンジ色の瞳もまた真剣で。 「国は今、とても安定していますが。それでも戦の備えは必要です。 我が隊の騎士は、砦の場所を知るためにも国中へ派遣されます。 私も、騎士になってからは。王都に居るより、他の地で生活する方が多かった。 そして私は、それが好きだと思うに至りました。 いろいろな土地を。肌で感じることが好きだと。 殿下にも、あの岩に触れてもらいたい。あの庭園の花の香を嗅いでもらいたい。 あの回廊を一巡して、自分が何階に居るのか戸惑ってもらいたい」 最後のは、双子の塔の不思議のひとつ?いつの間にか遠くを見つめてるオレンジの瞳は、きっとその時の回廊を見ているんだろう。 「私は妻を連れて国中を巡り、いろんなものを見て回りたいと思っています。 面白味も無い私には、殿下にアピールできることはこれくらいですね」 ぐううう。これくらい? つい、はいって返事しそうなほど良いプレゼンだったよ。 いろんなところを見に行ってみたい。 他国を吸収して大きくなったわが国では、領地をもつ家の嫡男は・・・つまりアジュガ様では同じことを言ってはもらえない。彼は他の領地へ入るだけで警戒されてしまう。 国の騎士であるイベリス様だからこそ提案できた話。 婚前の男女で旅行なんて、前世と違って有り得ないから。そこに婚姻の条件が付いちゃうけどね。
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