(窓の移築を提案?また変わってるって思われるよ?)だってあの窓、素敵じゃん!

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(窓の移築を提案?また変わってるって思われるよ?)だってあの窓、素敵じゃん!

イベリス様が笑顔じゃなかったのはその時だけで。 「夫婦で旅をする・・・とても素敵ね」 としか返事が出来なかった私に、ただ笑顔を向けてくれた。 シリアスな雰囲気をすっと消して。口説いたことなどすっかり忘れたみたいに、また他の・・・地下室のある砦の話を彼は始める。 「もともとその地下室は、武器庫だったらしいのですが」 使われなくなったその砦は、現在の領主のお気に入りの別荘となっていて。地下室はすごく立派なワインセラーに変貌してるそう。 「領主の機嫌がいい日には、高いワインをご馳走になれるという話でした。 ちょうど砦に滞在されているというので、私はそれはもう期待して向かったのですが」 が。という事は、飲めなかったのね。 「ご機嫌が悪い日だけで、去ることになったの?」 国境勤務に就くと数年は同じ砦に居る事になるんだけど。 使用されなくなった砦へ行く場合は、場所の確認や、近隣の地形を生かした訓練をするだけ。場所によっては、数日しか滞在しないこともあるそうだ。 「いいえ。半年をそこで訓練に費やしました」「領主は穏やかな方で、怒ったところを見たこともありませんでした」「父と同じくらいの年齢の方だったのですが、私を気に入っていただいたようで。良く話しかけてくださっていました」 出る情報からは、ワインが飲めなかった理由がわからなくて。何がいけなかったんだろ?と真面目に悩んでしまう。 う―――ん。 ・・・なのに。イベリス様はぷふっと吹き出した。 「ただの噂だったのですよ」へ? 「ワインを頂けるというのが、ただの噂だったのです」 「まぁ!一生懸命考えこんでいたのに!狡い問題だわ!」 つい、兄ちゃんに言うように文句を言ってしまう。 イベリス様はくすくすと。・・・やっぱり兄ちゃんみたいに笑った。 「ワイン、ワインと楽しみにして。正しい情報を仕入れなかった私が悪いのですが・・・それはそれはがっかりしてしまいました」 本当にガァッカリ!!って感じの言い方で。 一緒になってくすくすと笑ってしまった。 「イベリス様はワインがお好きなのね」 イベリス様の時間を無駄に使わせる、申し訳ない交流だと思ってたのに。 終わってみれば、そろそろ終了の時間ですよと侍女たちから目くばせされるほどいろんな質問をして、楽しませてもらった。 「同じ花が、そんなにも土地によって大きさが変わるなんて。知らなかったわ」 それに、すごく勉強になる話ばかりだった。またいろんな土地の話を聞かせて、と明後日のお茶会の約束をして。先に応接室を出た。 翌日は早朝から土砂降りの雨で。 私は書類に目を通してた。一応私にも、執務室は用意されている。 兄ちゃんが助言してくれた保育園の事や、兄ちゃんと半分この事業となった学校の事を中心に・・・兄ちゃんの執務を長年手伝ってきた担当官を派遣してもらって執務をこなして・・・るっていうか、教えてもらってる。 ほんと、なんでも兄ちゃんに手伝ってもらってばっかりだよ。はぁぁ。 最後の書類に目を通し、決済のサインを・・・しようとして手が止まる。なんか違和感があった気がする。もう一度読み返すけど・・・なんだろう。違和感だけで、何が違うのか気付けない。頭が働いてないね。 窓を打つ雨の音に、目を向けて。 ・・・土砂降りだなぁ。 ぼーっとしてたらしい。 「王女殿下」お父さんより年上の担当官は、冷静に声を掛けてくる。 うわ!ごめん!慌てて書類へ目を戻すけど、それはすっと取り上げられた。 あー怒られるー、と思ったのに。 「こちらは読み上げさせていただきます」静かな声はそれでも優しい。 教育係も兼ねてる担当官は、結構厳しく指導してくれる!んだけどな。 今日は、お小言も無し? 「アマランサス王子殿下も時々、読み上げてほしいと仰るんですよ。耳で聞いたほうが、内容が入ってくる時もあるものなのです」 冷静な声で読まれる書類は・・・ごめん。余計に頭に入らなかった。 結局、お小言を食らいながらなんとか書類を片付けて。 昼食も午後のお茶も自室でとった。 今日はまた孤児院へ出かける予定だったんだけど、雨のために見送られたから。 急に空いた午後の時間。 この雨じゃ、訓練場には誰も居ないよね。   ・ イベリス様は滞在3日目(王宮へ来た日は数えてない。これはアジュガ様も一緒)会うのは2回目。これで約7割。 2回目も同じ応接室にした。 ”少し階段のぼるのきついけど、あの部屋は素敵なのよねー”とお母さんが言う通り、私もこの部屋が好きになった。 長い階段の踊り場で一休みして、明り取りの窓から外を覗く。見晴らしがいい!とか言えるほど外は見えないね。防御に徹する、むかしの造りだなぁ。 この塔は、今の王城で一番歴史のある建物で。王女や、王子妃予定者が婚姻まで住む場所だった。最初から女性のためにと造られたから、何もかもが優美で豪華だ。 だけど、ほとんどの部屋がもう使われてない。部屋はとっても素敵でも、魔法設備が古いんだ。 お湯がすぐ止まるバスルーム完備!って言われたら住むのは嫌だよねー。それでこの辺りは人もまばらで、しんとしてる。次のリフォーム?の機会には、この塔が候補なんだろうなぁ。 あと少し、階段を上ると扉が見えてくる。素晴らしい彫刻が施されて、宝石が嵌め込まれて。この近くの部屋のうち、応接室だけはいつでも使えるように調えてある。 だって。 もう誰にも織れないという伝統織のカーテンに布のパテーションにラグ。一点物の大きな造りの家具類だけなら、他の塔に移せるけど。 武骨な石壁に職人が施した装飾や、平らになるまで磨き上げられた石の床や。 大きな窓も大きなガラスも作れなかった時代の、光の屈折するガラスや細部まで模様の彫られた窓枠に、ここだけはどっしりとした取っ手のついた小ぶりの窓は・・・移すことは出来ないもんね。 私が生きているうちに、建て替えられるようなら。なんとか窓だけでも再利用できないか提案してみようかな。 またも扉の内側に立って待っていてくれたイベリス様は、ブーケを持っていた。 「先日お話した花です。 こちらが王都の我が家で咲いたもの。こちらがノリスの街に咲いたもの」 ノリス。北の街道を進んだ先にある街の名前だ。馬車で2日ほどの距離じゃなかったっけ。 「送ってもらいました。本当はどちらも自らの手で摘みたかったのですが」 差し出されたブーケの花は、どちらもほんのり薄桃色で同じ花弁の形なのに。花びらの大きさが2倍近く違う。わかりやすくするためか、大きい花を小さな花が囲ってる。 本当に大きさが「こんなにも違うのね!」 昨日聞いた時にはピンと来ていなかったかもしれない。 「もっと違うのです。 はっきりと大きさの違うものを探したかったのですが、近隣ではこれが限度でした。 もっと小さい花も、大きい花もあるのです。いつかお見せしたい」 わざわざ探してくれたんだ。お礼を言って大事に受け取った。
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