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SIDE アマランサス第1王子 ①
王族には珍しい茶色系統の髪と瞳を受け継いだ王女を。囲い込み、悪意に触れさせず、ただただ猫可愛がるシスコン王子。
友人達も選び抜き、今回王女の成人に至っては婚約者候補まで王子のお眼鏡に適ったものだけ。自身も結婚したというのに、いつまでも妹に執着している王子。
・・・それが私の評価。
しかしそれは、国王陛下より与えられた・・・役。
実際、ゼフィを猫可愛がっているのは父上のほうだ。
私の真意は少し違う所にある。
まぁそれでも、私はこの評価を気に入ってる。
出す提案はすべて国のためになり、細部まで計算された計画は素晴らしい。我が国は安泰だ。第1王子殿下が居てくれる限り。
という虚飾よりずっと!ずっといいのだから。
国王陛下の執務室へ呼び出されるのは2年ぶりくらいだ。
他国の王女を妃に迎え、もうすぐ立太子すると思われている私は。公務や執務の事で、陛下の助言を仰ぐことも無くなった。
意見のやり取りがあるとしてもそれは会議の場だし。承認の国王印が必要だとしても官吏たちが間に入る。
なのにわざわざ呼び出された。
理由はわかってる。
官吏たちの手前、にこやかに私を迎えた国王陛下は。完全に人払いをした途端、笑顔を消した。
本当に部屋にふたりきり。護衛も廊下だ。その程度には私を信頼してくださっているらしい。・・・などと、子どもっぽい事を考えていた。
執務机に座ったままの陛下は。
私にソファを勧める気も無いようだ。目の前まで来い、といわんばかりに顎をしゃくった。
陛下と私との長年にわたる攻防は、家族の誰も知らない。
知っているのは、お互い、乳兄弟でもある侍従ふたりと・・・宰相くらい。
この机の前に立つと、幼い頃に叱られた記憶がよみがえるから不思議だ。
真ん前へまっすぐに立たされて、面倒くさいと思ってた。長い説教はほとんど聞いていなかったっけな。
すう、と息を吸い込んだ国王陛下は。嫌味を言うか、怒鳴るのだと思ったのに。
「・・・いや」と小さく呟いて。
怒りを消した・・・?
「・・・ゼフィの婚約者選びは、お前に任せる約束だったのに。
アジュガを割り込ませたのは悪かったと思ってる」
なんだ、そう思ってはくれているのか。
そして、切り口がそこなら。お叱りの前にいつものやり取りが繰り返されるんだろうな。
私はここ数年、かなり調整して”婿候補”を探してきた。
陛下と私の意見は平行線だが、それでも。どちらへ転んでも構わない候補者を選ぶことを。陛下は許してくれたはずだった。
ゼフィを遠くに嫁がせない。
それだけは意見の一致を見ていたから。
「トラルト領との移動の魔法陣が使えた話は、聞きました」
陛下はこの話を態と王宮中に流したはずだ。魔法陣が置かれるのは特殊な家だけ。信用された家だという証明だから。
サッカラ辺境伯家にもある。いや、これは秘密だった。
「おかげで、ゼフィと会おうと思えばいつでも会える。
だからアジュガを”候補”に入れた。
それで、陛下には納得が出来ても。私には無理です」
その先の意見は違うから。
”それに”と声に出してしまったあの日を思い出す。
馬車の中にはゼフィと、アジュガと。ガーベラが居た。
私はいつものように、建前のほうを口にした。
私は可愛い妹を遠くに嫁にやりたくないのだ、と。
それもまた真実ではあるんだ。ゼフィを遠くへやる気は無い。
陛下は、王都に住む貴族家へゼフィを降嫁させる気で。
私は、ゼフィを王宮に留め置く気だ。
あの時、つい言いかけたのは。
”それに、アジュガは”婿”候補にはなれないだろう?辺境伯を継ぐ気なのだから”
そんな言葉だった。
「アジュガは父親と似てる。家族を。友を大事にするだろう。
領地を守り、社交をほとんどしない辺境伯夫人は、ゼフィにぴったりだ」
「私はそうは思いません!」
すぐさま反論する。けんか腰の私と違って、陛下はどこか困ったように言葉を紡ぐ。
「お前も知っている通り、あの夜会での出来事は私が画策したことではない。
・・・あの日からひと月が経つ。ふたりの様子は、私のところにも報告が来ている。このまま結婚させてやろうじゃないか。
ゼフィの望みはお前だって知っているだろう?
あの子は幼い頃から変わらない。恋物語を夢みてる。アジュガとならきっと幸せな家庭を持つだろう。
それを叶えてやろうと思わないのか?
・・・お前の選んだ候補達は、派閥よりも身分よりも、人柄を重視していた。
もういい加減、お前はゼフィの将来に納得したのだと思っていたんだがな」
何を。
態度ですら示すなと命令したくせに。
言ってしまいそうになる言葉を飲み込む。
私が態度に出せば、ゼフィを亡き者にしようと画策する貴族家が出るかもしれない。
王位争いだと認識されては困るのだから、陛下の判断は正しい。
ゼフィはいつだって大切に守られるべきだ。
ぐっと歯を食いしばった私を見て。陛下は・・・眉を下げた。
「お前は、まだ王位を継ぐ気が無いのか」
まだ?その言葉を鼻で笑う。
「ありません。私の望みは変わりません」
父上はうんざりした表情で低い声を出す。
「何度も言わせるな。ゼフィは望まない。私もまた望まない。
次の国王はお前だ。
これは決定事項だ」
いや、私などが国王になって、何が出来るというのだ。
「国のためでもですか!」
「国のためだからこそだ」
「どうしてです?!
ゼフィのあの知識は我が国に良いものばかりをもたらしている。あの子が国を治めるべきだ。女王になって。それのどこがいけないんですか!」
私の手柄だと言われているもののほとんどがゼフィの考えだ。私が妹の功績を取り上げる卑怯な王子になってしまったのは陛下のせいだ。
男性優位の我が国では、ゼフィが優秀だと露見したら危険だ。命を狙われるかもしれない。そう言われたから。
これはあの子を守るためだ。と、自分に言い訳してここまできた。
けれど、いつまでもこのままでいる気は無い。本当の事をみなに打ち明けて、ゼフィに王位を継いでもらうつもりだ。
・・・だから。私が揃えた婚約者候補には、ひとりも嫡男が居ない。
彼らは”王配候補”。
女王の夫となり、ゼフィを支える気概のある男たちを探した。最初から、私にはゼフィを嫁がせる気が無い。
「あの子の考えは確かに面白い。しかしゼフィには政の教育はしていない。
国を治めることは出来ない」
「私が手伝います!私ならゼフィの手足になれる。ゼフィなら女王になれる」
「ゼフィは望まない。あの子を縛る気なのか?」
「一国の王になれるのですよ?望まないはずなど無い」
ほらまた。私達の話は平行線だ。
父上は、どさり。大きな執務椅子へ背中を預けた。
「あの子は、国王の座など望まない。
昔から変わらない。ゼフィは今も子どもらしい夢しか持っていない。
大事な人と家族になりたいと願っているだけだ」
あぁ、確かに。後継ぎを産んだ後の恋愛は認められているのに。ゼフィは幼い頃から、夫婦は仲良くするものだと思い込んでいる。
「お前の気持ちはわからなくもないが、もう何年も前に諦めたことだ。
あの子に政治は向かない」
父上は反論は認めないとばかりに、圧を加えて言葉を発する。
・・・返事は出来なくても。それでも私の主張は変わらない。
ゼフィを王位につかせる。
父上だって、今。諦めたと漏らしたじゃないか。
ゼフィがやる気にさえなれば、父上だって応援したいと思っているはずなんだ。
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