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SIDE アマランサス第1王子 ②
・・・しんとした時間は酷く長く感じた。身動きひとつしない陛下と私。
お互い、これ以上この話を続けたって意味が無いとわかっている。
ふうぅ。
先に動いたのは陛下だった。
ため息のあと、ゆっくりと立ち上がり。手でソファを勧めてくれる。
私達は向かい合って座った。
さて。
ここからが呼び出された本題だ。
「勝手にヤプランを第2宮殿へ移動させました。申し訳ありません」
陛下はもう、怒りを前面には出していない。
「部屋は最上階にしました。
一階分空けて、イベリスと従者。
そのまた下の階に、アジュガ含むトラルトの騎士たちの部屋を割り振ってありましたので」
軽く頷かれる。
「今日からは、ヤプランにも婚約者候補として過ごしてもらいます。
あすこなら、警備も万全です」
臨時の騎士として王宮へ来てくれていたトラルト領の者は、今も半分程が残っている。やり方の違う訓練を取り入れて、王宮の騎士達にも刺激になっているようだ。
イベリスにも一階分の部屋を用意していたのに、侍従をひとり連れてきただけだった。だが、侍従も剣の腕は確かだ。
王宮の騎士も、腕の良いものだけを第2宮殿へはまわした。メイドは身元のはっきりしたものしか中へ入れていない。
私だって、ヤプランを守りたいと思っているのだ。
陛下は、ヤプランをこっそり離宮に連れ出そうとされていた。囲い込み悪意に触れないようになさるつもりだった。
勝手なことをしてしまった私を。陛下はかなりお怒りだろう、と背筋を伸ばす。
まっすぐ見つめる私をしっかり見返して、何か言おうとなさったのに。
・・・結局。
陛下は視線を落とし、侍従が出ていく前に用意したお茶をすっと温め直してくれた。
ほっとして、つい笑みそうになる。この魔法は私も得意だ。
ゼフィは少しも、じっとしていない子だったから。
用意されたお菓子を放り出して、目についた物へ走り出す子だったから。
急にテーブルへ戻ってきて、喉が渇いたという子だったから。
お茶を淹れなおそうと言うと、勿体ない。と言い張る子だったから。
飲める時に冷たくするのも温かくするのも。お茶の味を落とさないのも。
得意だ。
私の表情を読まれたのか、陛下は。
「ヤプランもこの魔法は得意なままだろう」
そう話し始められた。
「お前たちが仲良くしているのを見るのが好きだった。まだハプは産まれていなくて。・・・伯も良く笑っていた」
父上は窓の外へ視線をやる。前サッカラ辺境伯の事を思い出していらっしゃる。
「アジュガがコリウスにやったように。
書類の不備をついて、ヤプランはまだ候補者にはなれない。
そう誤魔化すつもりだった」
やっぱり陛下は、アジュガの”作戦”をご存じだったのだな。
コリウスの書類への難癖は、陛下が味方をしたから出来たことだろう。
陛下は女の子に甘い。だからゼフィが望んだアジュガにも甘い。
「ゼフィが王位に就く事を。お前がいまだに望んでいるのなら、ヤプランを婚約者に推すはずがない。あの子は次期サッカラ辺境伯だから」
・・・ゼフィと婚姻できない理由はそれだけではありませんけどね。知らぬことになっている私は言葉を飲み込む。
「狙いはサッカラ辺境伯当主代理のサインか?」
その通りです。
・・・父上はお茶をひとくち。その肩は下がって。
「サッカラ前辺境伯のおかげで私は生きている」
声までが沈んでいる。前辺境伯が亡くなった事を。陛下はずっと悲しんでいらっしゃる。
息子としてはその悲しみは複雑で。
黙っていると、父上はふうう、とまたため息をつく。
「次代の辺境伯はヤプランだと決まっていたものの、あの頃はまだ幼かった。
爵位を受け継ぐ条件に、成人し、婚姻すること。と明記されていた。
代理として領地経営することになったのは、前伯の弟で。
領地で次代当主の勉強をさせたい、とあの男が言うからヤプランを預けたのに・・・」
ヤプランは王都へ出てこなくなった。夜会デビューに現れただけ。
あの頃には、デビュタントのしきたりを必死で調べたものだ。
当たり障りのない手紙は、求婚している振りのゼフィ宛にしか届かなかった。どこかに暗号文を仕込んではいないかと何度も読み返した。
無事だとする影からの報告は上がっていたが、父上も私も心配していた。
今回のゼフィとアジュガの婚約話のおかげで。
ヤプランは王都へ連れられてきた。
当主代理から幾度も打診されてきた婚約話は、領地が遠いからと断り続けていたのだが。あの男は、トラルト辺境伯家が候補になれるなら、我が家も。とまたヤプランをねじ込んできたのだ。
ヤプランは王宮へ留め置き、代理は王都の邸へ帰らせた。それがあのお茶会の4,5日前。
やっとゆっくりヤプランと話せた陛下と私は、領地でほとんど軟禁状態だったと聞かされた。
「だからと言って、命の危険はありませんでしたよ。あの男が甘いのか、いつでもやれると僕を甘く見ているのか」
ずっと大人しく言うことを聞いていたから、王都へ連れてきてもらえたと笑っていた。
「もう今では、僕の事はぼんやりした手駒だ、としか思っていないでしょう」
ヤプランは幼い頃と変わらなかった。優しげな雰囲気に騙されてはならない。根性もあるし、腹も黒い。
どうあっても第1王女を騙して連れて帰れ、と送り出された。
そう教えてくれた。
「あのゼフィを騙す。ふふふ。優秀な僕にとっても難問だよね」
あの、の発音が強くてついムッとする。まだ会ってもいないくせに。
「明日のお茶会ではびっくりするがいい。ゼフィだって成長した。少しは淑女らしくなっている」
そう反論した私にも、ヤプランはくすくすと笑った。
「相変わらずだねぇ、アマルは」
少しは大人びたとはいえ、変わらない声。細い腕。前辺境伯閣下と同じ香りのコロン。
・・・考え込んでしまっていた、とはっとするけれど。目の前の陛下も、どこかぼんやりとしている。
ふたりして、またお茶をひとくち飲んだ。
「今なら憂いは無い。殲滅を命じられる」
昏い声。昏い瞳の陛下。
ヤプランの話をまた、思いだして怒っているのだろう。語られるよりもっと、酷い目に遭わされていた可能性は、ある。
今まで、どんなに不穏な情報が入ろうとも、陛下がサッカラに兵を送らなかったのは。ヤプランがあすこに居たからだ。陛下はヤプランを大切に思っている。
それでも、ヤプランを保護した途端に殲滅だなんて、穏やかじゃない。
・・・おかげでこちらは少し冷静になれる。
サッカラ当主代理は、領地にそれなりの武力を蓄えているし。タウンハウスには何か仕掛けているかもしれない。
「けが人が出ないとは限りません。邸のすべての人間が、当主代理の賛同者かどうかもはっきりとはしていません」
それに何より、事を大きくしてサッカラ家を潰してしまったら、ヤプランはどうなるというんだ。
我が王家はもう百年近く内にも外にも融和政策をとってきた。
とはいえ国を守る力はきちんと蓄えている。影と呼ばれる諜報部隊は優秀だし。武力でも、たかが一地方領に負けるはずがない。
しかし。ここでそれを公にするのはどうだろう。
甘く優しい王家。その評判は落とさない方が、この先もやりやすいはずだ。
あの当主代理を追い落とす一番簡単な方法は、ヤプランに爵位を継いでもらう事だ、と私は考えている。
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