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SIDE アマランサス第1王子 ③
「ヤプランは結婚しない限り、爵位を継げません。
もしも、子が居ないままヤプランが亡くなった時には・・・あの当主代理、またはその直系が受け継ぐ事になるでしょう」
父上も知っていることを態と言葉にする。
・・・だからこそ、あの当主代理は。ヤプランが大人と認められたあとも婚約者を探そうとしない。
随分と早くから、第1王女へ婚約の打診をし続けていた。
遠い地へ嫁にはやらん。そう父上は公言していたし。ゼフィが成人となるまで、結局進みはしない話だ。
つまりは、ヤプランの結婚を伸ばすための方便に使われていたのだ。
我が国の貴族の婚姻には、属する家の当主のサインが必要で。ヤプランの場合、代理とはいえあの男のサインが必要で。
しかしあの当主代理は、それを書く気が無い。
悔しいが、王家として文句を言うわけにはいかない。
きっとあの代理は、貴族家への干渉だと騒ぎ立てるだろうから。
他家の手前、不用意な発言は出来ないのだ。我が国の貴族達は、領地や領政への干渉をひどく警戒する。
・・・これも、周りの小国を吸収してきた弊害なのだろうか。
父上はまたも低い声を出す。
「サッカラ家の在り方を知っていれば、王女に婚約の打診など出来るはずが無いのだ。あの男はこの件で、自分が代理でしかないと証明している。家のことを何も知らないのだ、と」
サッカラ家の真実は、成人した王族にだけ話される。・・・今回ゼフィにも教えることになるだろう。
「あの代理は、領政はまともにやっています。時間はかかりましたが、あの地はかなり富み始めました。
その余剰金をこっそり武力へまわしている・・・。サッカラ家と大陸の国との貿易には、最近、武器が含まれています。
このままヤプランを飼い殺しにして、大国との取引を増やされたなら。王家に盾突くだけの武力を。あの当主代理は手に入れるかもしれません」
・・・今、罠にかけた方がいい。
「ここで、ゼフィが前向きに婚姻を考えているから、最後の書類を出せと言えば」
父上は、私の言葉を引き取った。
「あの男はサインせざるを得なくなる、という訳か」
にやり。
「わかった。
お前の案にのろう。しばらくヤプランとゼフィを交流させ、油断を誘って。なんとしてもあの男にサインさせろ」
良かった。父上の同意が得られてほっとする。
「書類には細工をしておきます。
あいつのサインさえあればいいので」
そうすれば、ヤプランは爵位を継げる。すぐには無理でも、お互いを思いあえる相手を見つけてほしい。幸せになってほしい。
「ヤプランの、婚約者候補は・・・」
父上は言い淀む。どちらかの話をしてくれる気だろうか。
いや、私は知らないままのほうがいい。
「とにかく婚姻を急ぎたいので、相性を見ている時間はありません。
だから婚姻の条件を2年間の白い結婚とするつもりです。
ヤプランには、今は好きな人も恋人もいないそうですので。
持参金の用意が出来なかったり、結婚をする気がなかったりする女性を探しています。
実は最近まで、ポーチュラカに頼もうかと思っていたのですが・・・」
ちょっと今。彼女は困ったことになっている。
「エキノプスとローダンセの妹か。物おじしない明るい娘だったな。
しかし、報告ではあの子は・・・。
ん?どうかしたか?」
うーん、と少し考えこんだ私に父上は不思議そうに問われる。
「あ、いえ。すみません。エキノプスの妹、という言葉につい。エキノプス殿は、弟妹を我が子と同様にかわいがっているものですから」
つい、娘だ・・・いや、妹だった。と困惑してしまった。
「そう言えば。上と下ふたりは、かなり年齢が離れているのだったな」
「はい。あれでは・・・ポーチュラカは家から一歩も出れなくなるでしょう」
父上はああそれで、と呟く。
「それで、ヤプランに紹介する気だったのか。残念なタイミングだったな」
なんだ、父上もご存じか。
ヤプランとの契約結婚で、かなりの慰謝料を用意する。そんな条件に頷いてくれると思っていたポーチュラカは。
今、ある男性から求婚されている。
・・・まったく。若さというものは怖い。後先考えないのだから。
「これもまた、ゼフィの采配だ。本当にあの子は面白いな」
そうでしょう!と。言うのは我慢する。また平行線の会話になってしまう事はわかっているから。
ふう。
と父上はわざとらしくため息をついた。
「そうか。私は勘違いしていたようだな。
アジュガの件を引き合いに出して、ヤプランも候補者として王宮に入れる。
そう画策したのはお前の方だったのだな。
あの代理は、ヤプランを王宮へ連れて来る気など無かったはずだ」
それでも、ここまで来たなら王女を篭絡してこい、とヤプランに言ったそうだ。ヤプランはとても美しい。王女を手に入れられるかもしれないと、欲をかいたのだろう。婚約だけさせて、ゼフィを領地へ連れて行けさえすれば。王家は自分のいいなりに出来るとでも思っているはずだ。
「求婚し続けてきた家を無視して、ゼフィの婚約話をすすめたら。他の貴族家からも批判を受けるでしょう。
王家はすべての貴族家を同じく臣下として大切にしていると示さなければ。だから仕方なく、サッカラ家へ候補者として遇すると言ってやったのです」
父上の方は見ないで話す。
「いい建前だ。
お前は・・・自分が王に向いている事には目を向けないのだな」
ばかばかしい。私が向いているものがあるなら、参謀だろう。悪知恵だったら、ゼフィに勝てる。あの子は純粋ないい子だから。
父上はくいっとカップを飲み干した。
これで、話は終わり。立ち上がられると思ったのに。
「・・・お前の方はどうなのだ。王子妃との仲は」
嫌な話題を振られた。
にこり、と笑って見せたけれど、父上は言い聞かせるように話し出す。
「王太子の結婚は政略と割り切らせたはずだ。なのに、隣国の王女との婚姻を私が決めても。お前は、彼女に会いに行きもしなかった。
手紙や贈り物をするだけで、自分の仕事を優先した。隣国へ往復する時間を勿体ながった。
彼女が我が国へ来ることになった時も、国境まで迎えに行くこともせず、結婚式の日まで会いもしなかった」
仕方ないじゃないか。王太子になる、そんな事望んでいないのだから。相手が怒って婚約を解消してくれればいいとさえ思っていた。
「・・・私は、結婚相手は国内で探したいと言ったはずです」
つい声まで低くなる。
「国王になりたくないものだから、後ろ楯になれそうもない下位貴族家の令嬢を選ぶ気でいただろう。・・・そうはさせられなかった」
だから、勝手に他国の王女との婚約を決めたと仰るのですね。
「・・・婚約の契約書には、彼女を王妃にすること。とは明記されていません」
それだけを確認した。きっと隣国は、未来の王妃に。と送り出しているが、書かれていない以上契約違反ではない。
「別に私が国王になれなくても問題はありません」
私もカップを持ち上げ、ほんの少し残っていたものを飲み干す。
国王と第1王子が不仲だなんて噂を出すわけにはいかない。
仲良く歓談し、お茶を頂いて。私はこの部屋を出ていくのだ。
「・・・きちんと話し合っておくんだぞ。お前が壁を作っていることなど彼女にはお見通しだろう」
「大丈夫です。すでに情はありますし、他の女性を自分に近づける気もありません。
父上のように、妻だけを大切にしますよ」
最後の一言は嫌味だ。
なのに、陛下はにっこりと笑った。
「あぁ、我が王家はそういう一族だ」
こんな、嘘を平気で言えるのが王だというなら。確かにゼフィには向かないのかもしれない。
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