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イベリス様との2回目のお茶会が続いている
受け取った花の香を嗅いで。笑顔を向けるとイベリス様も笑い返してくれる。
すっと差し出される手。
ソファまでのエスコートには、やっぱり安心感を感じた。
向かい合って座る。メイドがお茶の準備をしてくれる。
私が仕入れた話は、今日も不要で。
イベリス様は、いろんな土地の話をし始めてくれた。
海の話が出て「イベリス様は泳げるの?」と聞いてしまう。
海と言ったら海水浴。前世の常識だよねー。ん?そんな考え私だけ?
って!はっとする。
こちらでは海は危険なもの。貴族が泳ぐなんて感覚はまるで無いよ。
しまった。
イベリス様はぽかんと少し口を開けたものの。
「そう言われてみれば、学生時代。海に面した領地をもつ男爵家令息は、自分は泳げるのだ、と言っていましたね」そう遠くを見ながら言われた。
友人に思いを馳せてる?
イベリス様は何かを思い出す時、視線が遠くなるんだね。
「そう、か。・・・泳ぐ練習をしてみるのも面白そうですね」
いや「危ないですよ!」自分から振っといて何だけど。
くすくす「もちろん、安全な場所で試してみますよ」
ってその笑い方。本当にやる気ですね?
焦って止めようとする私に。またくすくす。
「ご一緒に練習なさいますか?殿下の事は、必ずお守りしますよ」
揶揄ってる!揶揄ってるよね?!女性用の水着なんて聞いたことが無い!
いや、水着って言葉に当てはまるこの国の言葉、もとから無い!
私が泳げるとか思ってないでしょ!残念でした!!前世では小さい頃スイミングクラブに通っていたんだから!
・・・って言えるわけがない。
まったく!誰なんだ?イベリス様が無口だとか言ったの。
確かにゆったりとした口調は、お喋りが好きそうではないけど。でもどこか一生懸命に、いろんな話をしてくれるし。結構ユーモアだってある。
お茶会でもてなすべきは、私のはずなんだけど。すっかり楽しませてもらってるよ。
今日も、ぶふぅって心の中で吹き出すほど笑わせられた。一応表面上では我慢しましたよ!王女だから、一応。
でも頬は緩みっぱなしで。自分でも淑女らしくは無いなーなんて考えてる。
と。
イベリス様はすっと真一文字に口を閉じる。
・・・真剣な顔するのはやめてくれないかなぁ。
人をたっぷり笑わせて!いきなりふっとそんな表情されるとドキッとする。
こんな時に年齢差を感じちゃうよね。いや、前世なら、それでも私のほうが年上だっけ。しかし、思いだせる限りでは私、恋愛経験値とかまったく持ってなかった気がする。誰かを素敵だって思ったことはあったようだから5、とか10%くらい?ならある?
うーん、いや。好きだと思っただけ、なんて。経験値とは呼べないだろうな。
「この部屋を。殿下が選ばれた理由を・・・お聞きしてもいいですか」
少し寂し気な流し目。聞かなくてもわかっていそう。
敵いませんねぇ。気付いてるんでしょ?
成人して数年経ってる人だもの、恋人もいたんだろうし。本当の恋をしたばかりの小娘の気持ちなんて、手に取るようにわかるんだろうなー。
・・・ここへ来る道順には、ほとんど人が居ない。この部屋の窓は小さいから、同じくらい背の高い塔からでも、覗き込まれる心配が無い。
誰からも。つまり・・・アジュガ様からも見られることは無い。
それでこの部屋を選んだって事、バレてる、よね?
侍女に護衛にメイドに。部屋にはそれなりに人が居て、イベリス様とふたりだけではないんだけど。
この場面を見たからと言って、アジュガ様が焼きもちを焼いてくれることも、無いんだろうけど。
それでも・・・他の方と向かい合ってる様子を見られたくなかったんだもの。
「落ち着いたお部屋だから、イベリス様とのお茶会にはちょうどいいと思ったの」
白状はしない。今言った事も本当の気持ちではあるし。
「・・・殿下は時々、とても大人びた表情をなさいますね」
そうぉ?前世の記憶のせいかな?
うーん。でもさ、この世界では、私はもう成人して大人だと認められたんだよ?
自分でもまだまだ子どもだよなーとは思うけど。子どもですね、って面と向かって言うとかどうよ?時々大人びてるってそういう意味だよね。
この交流は婚姻を前提としてるっていうのに。イベリス様はちょっと失礼過ぎない?
でもこれ、怒ったら。ほらみろ大人げない!って思われる?
返事が出来なくて黙ってると、イベリス様はまた言葉を紡ぐ。
「本日、3人目の・・・新しい候補が来ると聞いております。
私と殿下だけのお茶会は、今回が最後ですか?」
・・・姑息な私の考えまでも、すっかりお見通しなんだねー。
動揺はしないよ。
「ええ、今日いらっしゃるそうなの。そろそろ着いた頃かもしれないわ」
サッカラ辺境伯家のヤプラン様。歓迎のための本日の晩餐は、お父さんと兄ちゃんと私の予定だ。
イベリス様は、質問には返事をしない私を。優しく見てる。
静かな時間。
くそぅ、なんか落ち着かない。
何か誤魔化したいのに、話題がぱっと出てこない。
なんだよ結局動揺してるじゃんー、って心の中で突っ込む。
小さく息を吸い込む音。自嘲するような声。
「ふたりきりが、今日でおしまいなら。もうひとつ、私をアピールしてもいいでしょうか。
私ならば、殿下の気持ちが落ち着くまで待つことが出来ますよ」
「え?」と声が漏れてしまった。
気持ち?
「我が伯爵家の歴史は古く、しかも中立の立場から動いたことが無い。
可もなく不可もなく。それが我が家に対する他貴族からの評価でしょう。
毒にも薬にもならない。それが強みとなることもあるのです」
うん。言わんとすることはわかる。
でもただ・・・この話は、どこに着地する??
「世の中には、どちらを選んでも角が立つ場合が往々にしてありますが。
私は・・・今回、逃げ場になることが出来ます。
どちらも選べない。だから仕方なく私を選んだと、言い訳が出来る」
どちら。
辺境伯家2家。それを指してるイベリス様、怖いね。
公爵家はもう関わらない。あなたもそう思ってるんだね。
じゃ、どっちを選ぶか。となった時。
トラルト辺境伯家もサッカラ辺境伯家も、武力を持つ家で。国として、離反してもらっては困るのだ。
王族の結婚もまた政治だ。どちらも王家と縁が欲しいと言うのなら、お父さんはもうアジュガ様との結婚は認めてくれないかもしれない。
サッカラ家には男の子しか居なくて、王女は私しかいない。対してアジュガ様には妹がいる。もともとトラルトとの縁は、弟のハプと結ばれる予定だった。
辺境伯家のどちらとも縁を結ぶ。それが一番、良い方法だ。
私がここで間違った選択をしたら”諍い”が起きる可能性が生まれる。
国民の犠牲と、私の気持ちなんか。天秤にかけるまでもない。
なのに。決断が出来ない。
・・・兄ちゃんと話してからずっと、なんだか落ち着かない。ふらふらと余計な事ばかり考えてる。
「サッカラ家のご子息は、婚姻してから爵位を継ぐのだと聞いています。
後継ぎも急務でしょう。恋心を忘れる前に夫婦生活が待っているかもしれない。
しかし、私なら・・・待てますよ。
家を継ぐ立場には居ないし。殿下の婿となれても、後継ぎは殿下の血を引く子ども、という条件になる。
貴女が子が欲しいと思うまで、つくらなくて構わない」
貴族社会において、後継ぎは義務。
それをわざとこんな言い方をしてくれてる。
じっと・・・怖いくらい真面目な顔のイベリス様の瞳には。熱い感情は無い。
ヒペリカム様にさえ、ほんの少し混じっていた・・・私を・・・たぶん特別に?想ってくれている感情。
それが無い。だけど温かく優しい。
だからと言って、逃げ場だなんて「そんなこと」
にこりと、イベリス様はやっと笑ってくれた。
「ダメとは仰らないでください」
どうして。
「どうして」
そんなに優しい事を言ってくれるの。
「殿下が、国のために悩んでいることに気付いたから、でしょうか」
「可哀想に思ってくれたのね」決断できない情けなさが恥ずかしい。
俯いてしまった私に、イベリス様は慌てて否定した。
「私はこの国の成り立ちを尊敬しています。同じように、今悩んでいる殿下を尊敬します。自分の事より、民の事を想われている」
そんな立派じゃないよ。これでいいのかな?ってうじうじしてるだけ。
「私はこの国を守りたいから騎士になりました。
私は・・・本当に殿下をお守りしたいと思っているのです」
イベリス様の目はまっすぐで。尊敬してもらえる私で居たいと思わせてくれた。
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