ほんとイベリス様は大人だねぇ(・・・ほんとにね)

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ほんとイベリス様は大人だねぇ(・・・ほんとにね)

一度笑ったら、もう真剣な顔も話もすっかり忘れたみたいに。 イベリス様は、またも私が行きたくなる場所の話をし始める。 王都を見守るために作られた”最初の砦”と呼ばれる塔は、いまだに国で一番の高さを誇ってて。なんと!この王城からも。その砦はちらりと見えるんだって! そんな!私見たことないよ?!! 「位置的にも、見える場所は限られてきますから」 目を剥く私を、イベリス様はくすくす笑う。 「私とだけ会う日をもう一日、増やしてくださったらお連れしますよ。きっと騎士の私しか殿下に見せては差し上げられない」 にこにことまたプレゼン? 見たい!!ぐうううう、見たい! ・・・すっかり私ってやつを見抜かれてない? 「あの塔は、古い古い建物ですが。それはもう丁寧に建造されていて・・・」 その塔のてっぺんまでは、滑らかな石段を一歩一歩上がって行くしかないんだそう。 「エレ・・・いえ、塔を上下する魔法は施されていないの?」 前世で言うならエレベーター、各階を行き来できる魔法。 最近開発されたこの魔法は、もう使われない砦には設置され始めてるんだけどな。 「されていません。これからも施されることは無いでしょう。 しかもあの塔は3階にあたるくらいから、急で細い階段に変わります」 それは・・・まだ、使と思われているということ?細い階段、つまり敵を迎え撃つ造りだ。とわざわざ話してくれたことに少し戸惑う。 「いざという時に、あすこは王都の”最後の砦”となるべく造られましたが。 【生涯”最初の砦”と呼ばれて過ごせ】と当時の国王陛下よりお言葉をいただいた塔です」 うわ! その言葉習った!習ったよ? この砦が戦場となることが無いように、という願いとともに言われたその言葉は、慈悲深き第13代国王が言ったのだと習った。 先祖の事として、詰め込まれた知識が・・・今やっと本当に頭に入ってきた気がする。 なんだか変な感じ。 そっか。その塔は、今も王都にあるんだ。 王都が戦場になることが無いように。この国が、戦とは無縁でいられるように。 きっとそんな気持ちだったんだろう。 言葉の重みを全然理解できてなかったよ。・・・ちょっと反省する。 「もう今では、あの高さの塔は作れません。あの塔は現在に至っても、重要な拠点なのです」 戦場になるかもしれない砦に、階を行き来できる魔法など勿論施せない。敵に塩を贈ることになってしまう。 それで歩いてのぼるんだね・・・。 上ってみたいけど無理だろうなぁ。 って、表情に出てたらしくって。 「殿下お一人くらい、お抱きしてのぼりましょう」 また揶揄うように言うんだもんなー。小さな子が腕に座らされて運ばれるとこを想像しちゃったよ。 「その天辺からの景色は素晴らしいものです」ぐぅぅ。ほんとイベリス様プレゼン上手いよね。遠くを見てる。思い出してるのか恍惚とした表情で。 行きたい!! でも言葉にはしない。黙ってると、イベリス様は私に視線を合わせる。 「私が初めて塔にのぼった時にはもう・・・息も絶え絶えになってしまって。情けない姿をさらしました。 塔のてっぺんはぐるりと足場がせり出していて。視界は全方向へ開けています。陽が沈むところも、昇るところも眼下に見る事が出来るんです。 あの雄大さを・・・殿下に見せたい」 だからもう!見たいってば! わくわくしちゃったのもバレバレで。 「すぐにでもお連れしたいのですが・・・どうしても砦での一泊は必要になるでしょう。 私を選んでいただければ、明日にでもお連れしますよ。朝日を見に行かれませんか」 って揶揄うんだもんなー。 王女の日程が今日明日で決められるはずないし! 確かにね、婚約者にならないと一緒に出掛けて一泊は絶対無理だし。 朝日を見ましょうって、深読みしたら結構危ないこと言ってるし。 これ、なんて突っ込むのが正解なの??私じゃ経験値足りてないよ! ふっとイベリス様はテーブルの向こうから手を差し出した。 ん? 「どこへでもお連れします。尊敬する殿下」 ・・・ここ数日の落ち着かない気持ちと相まって。この手に掴まったら不安が取り除かれる気がしてしまう。 旅装の私。騎士服姿のイベリス様。 馬を駆って、並んで駆って。 竜のひづめの形の穴に寝転がる自分。 妖精に許可を得る言葉の後、花を手折ってくれるイベリス様。 スライドさせる扉を。するりと開けて笑いあう私たち。 昇る朝日は・・・きっと感動するほど大きくて。イベリス様の髪と同じ色をしているんだろう・・・。 ”どこかへ連れて行って” もう少しで、彼の手の上に私の手が乗るところだった。 こほん、という咳払い。・・・壁際に立つ侍女のもの。 「あぁ、もう時間ですね」という残念そうなイベリス様の声。 お茶会はお開きの時間。 イベリス様は立ち上がり、扉までエスコートしてくれる。 「階段の下まで、お送りしましょうか」 囁くような声に、平静を装うけど。 ・・・下の廊下だと、トラルトの騎士の誰かと会うかもしれない。イベリス様と手を繋いでるところを見られる?ベルと目が合うところを想像しちゃって、返事に詰まる。 数瞬後、イベリス様は。 「という意地悪は言わないでおきます」と続けた。 はぁ。 なんかほんと、たった2回のお茶会でいろいろ見抜かれちゃったよねぇ。子ども扱いされてるし。 でも、嫌な感じはぜんぜんしなくって。うん、兄ちゃんやローダンセ様と一緒に居るときみたいだ。   ・  ・ 自室へ戻るとすぐ、晩餐の準備に取り掛かる。お客様も一緒の夕食だからね、それなりの恰好が必要。 ぎゅうぎゅう締め付けられるコルセット。無い胸を何とかあるように見せようとしてる。女性がすぐ気絶するのはこれのせいだよねー。服飾の知識は無いけど、コルセット無しでも細く見えるドレスとか作れないかなぁ。 「・・・ガーベラは、サッカラ辺境伯家のヤプラン様を知ってる?」 一番知っていそうな人。今まで聞けなかった人。 時短勤務のガーベラはもうすぐ帰ってしまうから、やっと思い切って聞いてみる。 「申し訳ございません。わたくしはあの御方を存じ上げません」 「ガーベラも知らないの?!」ほっとして大きな声を出してしまう。 「はい、知りません。しかし、あの御方が話す内容は確かにお小さい頃の姫様のようです。 ・・・おそらく、カルミア様ならあの方のことをご存じではないでしょうか」 カルミア・・・。懐かしい名前。ガーベラの前の専属侍女。 「そう言えば、夜会で彼女と会ってないわ」 最初の夜会以外にも、爵位持ちの方とその配偶者だけが来る夜会には、数回出席した。ただ顔を出すだけと言った感じだけど。 これもまた、兄ちゃんの過保護?令息や令嬢が出る夜会には婚約者を決めるまでは出席しないように調整されてる。 カルミアは伯爵夫人になってる。どこかで出席してたはず? 「現在、第3子を妊娠中でいらっしゃるそうですから、夜会は控えておいでなのでしょう。 子を持つ女性にいろんなことが優しくなりましたわ。その始まりがご自分だとカルミア様は今もお知りではないでしょうね」
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