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王女だもの。幼い頃からちゃぁんとお兄様とお呼びしていましたわ(ははっ)
困っちゃうよね、ガーベラったら。
も一回、ふふふと笑うと。にっこりと笑い返してくれたガーベラは、そっと私の肩を押して鏡のほうを向けた。
「お化粧をお直ししましょうね」子どもに話しかけるみたいな口調。
柔らかい布で、目尻と鼻を拭いてくれる。
・・・鼻!?は、鼻水出てた?いや、あの、それ。淑女としてどう?いや淑女でも出るものは出るでしょうけど。
「・・・完璧ですわ、姫様。とてもお美しいですわ」
化粧を直してくれたガーベラが、一緒に鏡を覗き込んでそう言ってくれる。並ぶと見劣りしてると思うよ、私が。はぁ。
ガーベラはなんだか嬉し気に私をじっと見てるけど。べ、別にお化粧直しは要らなかったよね。目じりを中心に治癒魔法までかけられたけど、そりゃあん時、なんかちょっと嬉しかったけど。別に泣いたりはしてなかったから!
鏡のガーベラから眼を逸らして、自分だけを見る。
晩餐用のドレス。美しく仕上げられた髪。うん、確かに私以外は完璧だ。
「ありがとう」
ここでいじけたこと言うとまた心配されちゃうからね。
ガーベラは私を送りだしてから帰ると言う。
「そろそろ時間ですわ、食堂まで侍女と護衛を・・・」
呼んでくれようとした時に、部屋の扉で来客の音。
?誰か来るとか、連絡あったっけ??
まさか、と小さく呟いたガーベラが急いで扉を開ける。部屋にはまだ、ガーベラとふたりきりだったから。
「・・・王子殿下、困りますわ」
やっぱり平気で文句を言うガーベラを押しのけて。兄ちゃんてば私の居間へ入ってくる。いくらきょうだいでも、成人した女性の部屋に許可も無しに入ったらダメなんだよ。
ほら、兄ちゃんの筆頭侍従のほうは、扉の前で待ちます。ってちゃんと言ってるじゃん。侍従が前室まで入ってきてるのにもガーベラは顔を顰めてるけどね。
「ちょっと話があるから、他の侍女は呼ばないように。ゼフィは可愛い妹だ。
・・・気にしないだろ?」
後ろのセリフは私への許可。うん、気にしない。
へらっと笑う私を見て諦めたガーベラは、扉を閉めた。
兄ちゃんももちろん盛装。藍色のコート。白銀の糸で施された刺繡は初めて見る図柄。抽象的な・・・飛翔する鳥のような?うん、そう、大空にはばたく羽のようだ。
ひとつに結わえられた金の髪の、リボンは茶色。私の髪色を身に着けてくれたみたいだ。今日の晩餐にはお義姉様が居ないからね。
「父上は急な会議らしい。食事は3人だ。懐かしいな」
懐かしい?
その言葉に、はっとガーベラのほうを見ると、すっごく顔を顰めてた。美人が台無し。
「あれほどお聞きしましたのに知らぬと仰ったではありませんか。やはり、あの方をご存じだったのですね」
あー!
だよね!まず兄ちゃんに聞こうと思うよね。
・・・私は思いつきもしなかったけど。
私もガーベラと一緒に兄ちゃんを睨んでみる。ガーベラに教えてくれなかったの?おかげで、ガーベラはお休みの日を潰してまで情報収集してくれたんだよ?
「今宵もゼフィはとても美しい」流れるような社交辞令ありがとうございます。睨む私たちを完全無視か!
「良く似合っているけど、随分大人っぽい恰好をしたのだな。
客はヤプランだぞ?」
あぁ、本当に。兄ちゃんに聞くべきだったんだねぇ。
「お兄様!私がヤプラン様と初めて会ったのはいくつの時ですか?」
やっと答えが・・・。
「・・・」
・・・出ない??
にっこりと兄ちゃんは黙る。
あれ?
「そうだったな」
なにが?!
「たった一度しか会っていないのだ。ゼフィが覚えているはずが無かった」
あー。ムカつく!
言葉だけなら、兄ちゃんはとても普通の事を言っている。でもその揶揄うような口調とにやにや笑いで言われたらね!
”まさか本当に覚えていないのか!びっくりだな”
って心の声が漏れ漏れなんだよ!
むかつくー、ね?ガーベラ!
同意を求めてガーベラを見たのに、彼女は真面目な顔をしていた。
「ここには、ガーベラしかいないからな」うん?見ればわかるでしょ。兄ちゃんどうした?
「失礼を申し上げました」
なんで謝る!ガーベラ。
「ゼフィが思い出せば、知っているはずだったことだ」
ありゃ、私のせい?!
何か思い至ったらしいガーベラに、説明してもらおうとしたのに。
「さぁ、行こう」と連れ出されてしまう。
兄ちゃんは珍しく、丁寧にエスコートしてくれるけど。さっきの話を聞こうとしたら他の話へ誘導される。・・・廊下でしてはいけない話なのかな?
エスコートされたまま入った食堂には、ヤプラン様がすでに待っていた。
水色のコートに空色の刺繍。似た色のせいで余計に浮かんで見える図柄は、兄ちゃんのと同じ。羽ばたく羽。
髪をリボンでひとつに結わえているところも同じ。だけど、リボンは兄ちゃんの髪の色の金。
またも、兄ちゃんに似てる、と浮かんでくる。ヤプラン様のほうが線は細いけど。このふたりはすごくよく似ている。
「本日はお招きを」
言いかけた口上を兄ちゃんはぶった切る。
「いらんいらん、そういうの。メイドも侍従も厳選した。
幼馴染のヤプラン、今夜はそれでいい」
食堂には確かに、給仕役が2人しか居なかった。
テーブルの端に私。右には兄ちゃん。左にはヤプラン様。ふたりは向かい合っているけど、中心となるのは私のはず。
なのに!私、ほとんど話してない。
ふたりが、子どもの頃の話で盛り上がってるから。
ええーそんなことしてないよ!
したのか・・・。
ええーそんなお菓子をひとり占めとか!
・・・したのか。
騎士になる!うん、そんな夢を持ったことはあった。
短剣すら持ち上げられなかった・・・そうか。
ぐうう。このふたり!私の子どもの頃の話で盛り上がってる!!
寝ぐせのままに中庭を走り回ってるのを捕まえたとか、ナイトドレスで部屋から出てきたのを捕まえたとか、暑い!と池に飛び込みそうになったのを捕まえたとか。・・・ずっと捕まってるじゃん・・・私。
くそう!
でも変だ。
この会話だと、私は随分兄ちゃんとヤプラン様に遊んでもらってる。
でもヤプラン様も兄ちゃんも、一度だけ会ったことがあると・・・言った。
「私が一度だけ、ヤプラン様と会った日はいつなんですか?」
積もった雪の下に蔓バラがあるのに気付かずに、突っ込んでいこうとしたのを捕まえた話が一段落して。大笑いしてるふたりに話しかける。
捕まった以外の話は無いのか、私。
・・・あれ?
ふたりは急に真顔になった。
「・・・あの日は」視線が落ちるヤプラン様。
「お別れの日か。
サッカラ辺境伯閣下が亡くなってしばらくして、ヤプランが領地へ馬車で帰ることが決まって。
ヤプランが爵位を継ぐまで、サッカラ家を請け負うと言った辺境伯代理と。一緒に帰る・・・前の日のことだ」
え、と。亡くなった?
あ・・・ごめんなさい、と呟く。不躾に聞いてしまった。
「気にしないで。もう随分と前の事だ。それに・・・」すっかりタメグチのヤプラン様。・・・優しい笑顔??
代わりに兄ちゃんのほうは、ものすごく・・・怒ってる??
「あの日、お別れが寂しいと泣いてくれたね」
「あの日!こっちの兄ちゃんが行けばいいんだと言いやがったな」
ふたりは同じ角度でこちらを見た。
長いテーブルの短い辺に座った私。右側に兄ちゃん。左側にヤプラン様。
同じように両肘をついて、指先だけ組んで。その上に軽く顎を乗せるようにして。首を傾げてこっちを見てる。真ん中に鏡があるかのように左右対称のふたり。
よく似たふたり。
雰囲気が似てる。所作が似てる。・・・いやこれは。
似せてる!
そうだ。兄ちゃんはふたり居た。
いつも交代で、対応して。誰にも気づかれないように。
でも。人が少ない時には、大丈夫な人しか居ない時には・・・ふたり居た。
お父さんと、お父さんと。兄ちゃんと兄ちゃんと。
どっちも大好きな兄ちゃんで。でも私は・・・柔らかい兄ちゃんのほうが好きだった。
「にいちゃん・・・」
ふふっ。
「まるで市井の子のように。そんな風に呼ばれるのは楽しかったよ」
柔らかい兄ちゃんは、王子殿下の所作でアルカイックスマイルを見せた。
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