わかりづらい優しさだって、もうわかる年齢ですわ、ほほほ。(成長しない人はずっとしないんだよね)

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わかりづらい優しさだって、もうわかる年齢ですわ、ほほほ。(成長しない人はずっとしないんだよね)

・・・ずーいぶん。 随分長い時間。誰も話さない。 王子殿下(ほんもの)はヤプラン様と同じ体勢をとりはじめた。 ふんぞり返ってアルカイックスマイル。 いや、兄ちゃん(ほんもの)のほうが、ヤプラン様の真似するんかい! 面白がってるようなふたりは視線を交わして、同じタイミングで私のほうを見た。 私から何か言えって事かな?とは思うけど。 今ちょっと無理。 確かに、私よく捕まってたよ!って思い出が頭の中を駆け巡ってるんだもの。 ・・・優しく抱きとめてくれるのは柔らかいほうのにぃちゃんで。 がつっと捕まえたり、ぐっと首根っこ押さえてくるのは兄ちゃんで。 げほっとせき込んだ感覚まで思い出した。 ・・・私知ってる、この感じ。いろんなことをどばっと思い出すこの感じ。 前世の記憶が戻ったあの時と同じ。 そう。アレ欲しいなーって思ったあの時。あったかい・・・いや、今ご飯中だ、もうあとはデザートだけとはいえ。アレの名前は言わないでおこう。 こっちを見てるヤプラン様の瞳が、優しく緩む・・・この瞳だって知ってる。なんで今まで思い出せなかったんだろう? ・・・そうだよ、いつも優しかった。いつも一緒に遊んでくれた。交代でいる時も、3人でいる時も。私の手を引いてくれるのはヤプラン様だった。 ”私だけのお姫様”思い出したその声だって。 ”可愛い妹”っていつも言ってくれたのだって。 変わらないヤプラン様の声だ。 夜会デビューで、兄ちゃんより先にヤプラン様(にいちゃん)と踊るんだ!って確かに言ったもん、私。 「ファーストダンス・・・」 呟いた私の頬へ、ヤプラン様の手が伸びてくる。指先でそっと撫でられる感覚も懐かしい。 「思い出してくれたんだね。踊れなくって残念だったよ」 うん、私も。 ちっとも王女らしくない私をかばってくれてた人なのに。私が教育係に叱られないようにと、王子が無理やり連れだしたんだと言い訳してくれてた人なのに。 なんだか泣きそうになる。忘れることがピンポイント過ぎてるよ。 ものすごく迷惑かけてた人に、あなたを覚えてない、とか。申し訳なさすぎる。 しゅんと視線を落としてしまった私に、兄ちゃんは揶揄うように言う。 「ゼフィの記憶から、ヤプランの事だけすとんと抜けてるのには驚いた」 にやりと、でも少しだけ心配そう? 「僕の存在は、言ってはいけない事だと伝えたし。陛下からも忘れなさいと言われたからじゃないかな?」 ヤプラン様のほうは、くすりと笑った。 「昔から素直ないい子だからね」 うん、やっぱり。こっちのにいちゃんのほうが好きだ。 順にふたりの顔を見比べる。うん、似てない。けどなんとなく似てる。 あの頃は、もっと似てた。入れ替わってることに気付かない人も居たくらいに。 「そう言ってもらえると・・・嬉しいね」 どうやら私、似てた。と呟いたらしい。 すっと背筋を伸ばした優しい眼に優しい言い方するヤプラン様は、いきなり兄ちゃんとは似ても似つかなくなってしまう。 「本当ならずっと対象者のそばに居て、体型も何もかも似せる努力をするんだよ。・・・だけど」 ヤプラン様は兄ちゃんのほうを見た。 「ずっと離れていたから」 観察する瞳は、どこか寂しそうな気がする。 「アマルが、そんなに筋肉をつけてるとは思ってなかったな。身長は誤魔化せても、もう今更、ね」 「ふん、なにを」兄ちゃんは鼻で笑った。 「ここしばらく会っただけで、私の所作は完全に真似が出来てるじゃないか」 私だとわからぬようにと、矯正された癖も。わざとやっている癖も真似してる、と兄ちゃんはヤプラン様を見返す。 「お誉めに預かり恐縮です」 目を丸くしてにこりとしたあと。ヤプラン様は、少し悔しそうになる。 「サッカラ家の危機管理不足のせいで、殿下がたには大変なご不便をおかけいたしました。王家の方の影武者を数年間ご用意できなかった事」座ったままではあるものの、ヤプラン様は深く頭を下げてきた「次期当主としてお詫び申し上げます」 ? テーブルに額が付きそう。お皿が片付けられた後で良かった。 「・・・すまないな、ゼフィ。私が跪くことは許さぬと言ったのだ。 だいたいヤプランに謝罪の必要など・・・」 言いかけた兄ちゃんは、ヤプラン様の視線を受けて黙った。 無い、と続きそうだね。 ふたりとも真面目な表情なのに。色々質問するべきなのに。いや、まず忘れててごめんと言うべきなのに。 まず! まず、言ってしまったのは。 「私にも影武者が付くんですか?!」 は?!今その話じゃないだろ!って顔を兄ちゃんにされたけど。 だって欲しいもん! ガーベラのお小言を全部代わってもらいたい!! 影武者だよ!影武者! その言葉に反応したのは前世の記憶。・・・つまり、私の印象は酷く偏った。 カゲムシャ。ってほらあれだもん。隠密。忍者。影分身! ぶわわっと浮かぶのは、前世で読んでた時代小説、漫画。それからアニメーション。挿入された音が、音楽がすごく良かった。 ・・・もちろん。兄ちゃんがあんなにたくさん居たら嫌だってばよ。うん。 「眉間にしわが寄ってるよ」 ヤプラン様は私をくすくすと笑って。 「サッカラ辺境伯家は、代々王家に仕えてくれている。情報収集や警護、身代わり・・・」 兄ちゃんは、辺境伯家の別動隊が請け負ってるという仕事のことを話してくれる。 それはやっぱり忍者!忍者のお仕事。 「・・・聞いてるのか?なんだその締まりのない顔は」 「アマル!淑女にそんな言い方・・・ってこんなやり取りも懐かしいな」 そうだよ。すぐに嫌味を言うし、揶揄うし。だから私は柔らかい兄ちゃんのほうが好きだったんだ。 むすっと兄ちゃんを睨むと、すぐにヤプラン様は庇う。 「アマルはこれで真面目だから、心配してお小言を言っていたんだよ? だけど、そのせいであの別れの日。アマルは可愛い妹に、要らないと言われてショックを受けてた。・・・いい兄になるのだ、と誓ってたよ」 ヤプラン様は「おまえ、それは言わない約束」と騒ぐ兄ちゃんを無視して続ける。 「アマルはいい兄に、なっているかい?」 ヤプラン様が優しく聞くから、だから仕方なく。仕方なく!私は頷いた。 でもつい私、にっこり笑ってしまったみたいで。ヤプラン様はすごく嬉しそうだった。「そうか。良かったよ」 耳を赤くしてる兄ちゃんのほうは、こほんと咳払いをして、雰囲気を変えて話し出す。 サッカラ辺境伯家の真実は、成人した王族と宰相、一部の人間しか知らない話だ。ヤプランの事は、他の者にはあまり話をしないように。 「・・・あ。お茶会で」 言いかけた私へ兄ちゃんは頷く。 幼い頃の私の話をヤプラン様は知っている。そう、いとこ達に露見してる。 あれはダメだったのでは? 「あのテーブルには、血縁者だけを集めた。散会後すぐに確認されたよ。 前辺境伯が王城へ報告へ来た時に一緒に来ていたヤプランと、私が仲良くなったのだと説明をしている。 ゼフィとヤプランが正式な挨拶をしたのは一度だが、ゼフィが私の後を追いかけていたこと、彼らは良く知っているから。 お前は忘れているが、辺境伯が滞在している間、一緒に遊んだのだと言っておいた」 う。それって、私に対するいとこ達の評価は、おバカな王女のままになっちゃうって事? 「・・・ヤプランが辺境伯家を継ぐ時には、今までより少し中央の補助が必要になるだろう。彼らに紹介しておきたかったのだ」 それなら文句は言えないね・・・いとこ達は、すっかりヤプラン様に同情してたもん。兄ちゃんからすれば、うまい手だったんだろうね・・・。はぁ。 落ち込んだ私の前にデザートが運ばれてくる。ヤプラン様は。 「僕の分もお食べ」と差し出してくれた。 そうだよ、お菓子をくれるのもヤプラン様だった! 「こういう所です、お兄様」 優しさが違うよね! 「私は、ゼフィが太らないようにと配慮をしているだけだ」 ぐうう。優しさが違うよね・・・。 でも兄ちゃんはここ数年、わかりやすく優しかった。つい兄ちゃんを見る。私の記憶が抜けている事、兄ちゃんはいつから気付いてた? 「お兄様。実は無理してたんですね。 ヤプラン様の分も優しい兄を演じてたんでしょう?」 兄ちゃんは私のセリフに顔を顰めた。すっと手が伸びてくる。 「私はずっとゼフィに優しいつもりだが?」って頬を抓りながら言われてもねぇ。
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