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通じるわけがない
ヤプラン様はむすっとした私をにこにこ笑って。ひょいひょいと私の好きなお菓子を取り分けてくれる。
「お菓子に胡麻化されたりしないんだから!」というともっと笑う。
多分、今日私に話すべきことは決まってたんだろう。それ以上は影武者の事も、サッカラの事も話してくれなくなってしまった。
・
「最初の砦か。騎士である自分なら見せてあげられると言われたんだね?」
どういう訳か、いつの間にかアジュガ様の事やイベリス様の事を聞きだされていた。
おかしい。
ちゃんと内緒にしようとしたはずなのに。
”トラルト式の挨拶。これだけは、私だけですね”ってアジュガ様が言ったあの言葉が、いまひとつわかんなくて。
それはどういう意味だと思う?ってつい相談しちゃったけど。
他のことは何も言ってないもんね。
「そっか、その気持ちがわからないのか。
なら、優しすぎる。という言葉が誉め言葉ではない事にも気づいていないのかな?」
「え、褒めことばじゃないの?」だって時々アジュガ様が言ってくれるよ?
・・・あれ、いつその事を話しちゃったっけ?
「そういう時、アジュガ殿は苦しそうにしているんじゃないのかな」
言われてみれば・・・少し悲しそうにしてるかも。
でも優しいことは、いいことだよね?過ぎる、とダメなの??
私は困惑してるのに!ヤプラン様は額を押さえた。
それから「いや、羨ましい気もするよ。ゼフィには今のままでいてほしいね」って微笑まれた。
結局答えになってない。何も教えてくれないんだね。なんだか今日は、兄ちゃんに似てるところが増えてるよ。
「最初の砦は、高いと言うだけで装飾性のある建物ではないけど、それでも見たい?」
そりゃ勿論。見れる場所が限られてるって特別感凄いよね。歴史書で習った塔なんだよ?読んだそれが、本当に存在してるってなんか感動しない?
聖地巡礼に行きたいけど、無理なんだもん、せめて見たいよ!
一生懸命見たい理由を力説してるのに。
「ゼフィの攻略にはアジュガ殿にだけ気をつければいいと思ってたのになぁ。
イベリス殿のほうが余程手強いらしい」
なんか違うこと考えてる?
ほんっと。今日は兄ちゃんみたい。私の言う事何でも聞いてくれるヤプラン様カムバーック!
「聞いてる?ヤプラン様!最初の砦の話だよ?
王宮から見える場所ってどこなの?」
あの後いろいろ考えてみたんだけど、アジュガ様は臨時の護衛を勤めてくれたよね。騎士、が条件なら一緒に見に行くことが出来ないかなぁ。
ふむ。とヤプラン様は顎に拳を充てる。
「おそらく、独身男性専用の王宮騎士寮から見える事を言っていると思うよ。あの区画は基本、寮に部屋を持つ者しか入れないんだ。
イベリス殿か、もしくは兄弟や従兄弟が持っているんじゃないかな。実家があっても訓練後の休憩用に、部屋を借りたままにする人も居るようだから。
血縁者なら、申請すれば面会室まで入れるはずだ」
書面に残るのを狙ってるのか?血縁者や婚約者とみなされる、と?
ふうん。しかし居住区間には客は入れない・・・あぁ。外階段から鍛錬場へなら行けるな。あれをゼフィが登るのか?そうか、最初から登れないと見てるのか・・・。
ぶつぶつと呟いたヤプラン様はにこり、と顔を上げる。
「どちらにしろ、イベリス殿はなかなか油断のならない方だね。外堀を埋めるおつもりなんだろう。
数回話しただけで、すっかりゼフィを見抜かれてる。
奥手だから少し押さないとダメだとか、かといって欲を見せたら駄目だとか。好奇心の塊だとか。体力が無いとか。実はお淑やかじゃない、とか」
お淑やかだもん!
あはは、そうだったね。ごめんよって手を伸ばして、頬を撫でるのはやめて!
「最初の砦なら、僕でも見せてあげられるだろう。ゼフィが侍従見習いの振りをしてくれるならね」
なんだそれ!
「します!!」
即答したら、体を曲げて爆笑された。
だって侍従の振りだよ!変装だよ!
その上、見てみたかった塔を見に行けるんだよ!
YES以外の返事がある?!
「今日は夕食の時間をずらしてくれる?準備はこちらでするから、バイモの指示に従ってほしい」
約束して、お茶会は終わりになった。
うわ!予備に取られてた時間いっぱいまで過ごしてしまってる。そんなに話したっけ?
ガーベラ、途中で止めなかったね。どうして、と聞こうとした時に。するりと手を取られて、ソファから立ち上がらせてもらった。ヤプラン様の手、少し冷えてるね。
「さぁ、外では婚約者候補の演技をしないとね。王女殿下?」
出来るかなぁ?って挑戦的な声にむっとする。
「わたくしはいつものことですもの。簡単ですわ!」
丁寧なエスコート「そこに段差がございます、お気をつけて」って言葉が。
幼い頃に言われてた”ほら、足もと。注意して歩こうね”って聞こえちゃうのはなんでだろうね。私もう大人なんですけど?むぅぅ!
「王女殿下はいつもお可愛らしいですねぇ」
”表情を取り繕いなさい、ムッとした顔しちゃダメでしょ”
・・・が、頑張ってるもん。
階段の下まで気取った態度にお話は続けられた。
「殿下の所作は優雅ですね」と褒め言葉。やった!勝った!嬉しくって見上げると、ヤプラン様も上を見上げてた。
「陽が傾いてきている。回廊に斜めに陽が射すこの時間は、あちこち光が反射してとても綺麗ですよねぇ」
あぁ、そうだった。「本当に」と連れられるまま一緒に大きな廊下へ進む。
キレイねぇって幼い自分が言った記憶が蘇る。ヤプラン様と一緒に見たのか。覚えててくれたんだな、と嬉しい。
深く礼をして、すれ違っていく文官たち。
騎士も官吏もだけど。職務中は、身分が上の者だからとわざわざ立ち止まってやり過ごす必要はないとされてる。緊急連絡とか持ってたら困るもんねぇ。
軽く頷いて応えて・・・あれ?
しまった!
エスコートさせちゃってるよ!ヤプラン様に!
階段を降りる時でさえ、イベリス様には断ったのに!ど、どうしよう。
目が泳いでしまう。候補者には同じように接しなさいと言われなかったっけ?
そんな私に手を握ったまま向き合って。ヤプラン様は。
「本日は・・・」と別れの挨拶を始める。ここで?!
確かに第2宮殿への分かれ道だけど、文官も騎士もさっきより増えてるよ?
焦ってる表情は出来ない。楽しい時間でしたわ、と定型の挨拶を返して。さっさと離れたい!他の候補者に見られたくない!
にこっとヤプラン様は、手の甲に口付け・・・た振りだけして手を離してくれた。めっちゃ近かったけどね。あの時みたいにちょっと長く口元に握られてたけどね。
「それではまた」
もう私の限界だ、と気付いたガーベラが。すっと私の手を取って、引っ張ってくれて・・・歩き出す。
振り向いた視界には、いきなりベルが居た。
通行の邪魔にならないように廊下の端に、綺麗な姿勢で立ってる。
私が近づくのを待ってる。・・・無表情のまま、すっと頭を下げる彼の横を・・・通り過ぎる。
どうしてこのタイミング?
なんて話しかけたらいいのか、全く浮かばなくって。アジュガ様に言わないでーって念を送ったけど。・・・通じたかなぁ。
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