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俺が友人にあげたTシャツが、クッションになっていた。犬を飼い始めたという友人の家に遊びに行くと、ソファの上に乗っていたクッション。見たことのある柄だと思っていたら、大学時代に俺があげたTシャツだった。
彼は貧乏学生だった。実家がそこまで裕福ではないらしく、仕送りも期待できないためいくつものバイトを掛け持ちして、学費も自分で払っていた。そんな彼はオシャレには程遠く、中学生の頃から着ているヨレヨレのシャツや裾が擦り切れたズボン、穴の開いたスニーカーなどを着用しており、見るからに貧乏くさかった。見かねた俺は自分が着なくなった服や履かなくなった靴をあげて、彼の生活に彩りを添えていた。
社会人になっても交流は途絶えず、ときどき会っては近況を報告し合う仲だ。貧乏だった彼は一流企業に就職し、ペット可の駅近マンションに住めるようになった。犬を飼える余裕が出てきたということで、白いチワワを飼い始めたらしい。ひとり暮らしで二十代後半の男が飼うにはいささかかわいすぎる気がするけれど。
そんな友人から「見せたい動画がある」と言われ、家に招かれた。で、リビングのソファに置いてあったのが古着をカバーにしたクッションだったというわけだ。それを指摘すると彼は「もったいなくて」と言った。
「お前がくれた優しさを捨てるのが忍びなくてさ。母さんに作ってもらったんだ」
マジか。あげた服をそうやってリメイクしてくれるなんて……ちょっと感動。あの頃、コイツは本当に一生懸命だった。ただ何も考えずに大学へ入った俺と違って、彼は学びたいことがあって自分の稼いだお金で大学に通っていたのだ。誰よりも輝いていた彼を応援したい──俺にはただそれだけだった。
「でもさ、見てよ。この動画、ネットにアップしたらバズりそうじゃない?」
そう言ってみせてきたのは、このリビングを上から撮ったらしいスマホの動画だった。歩き回っているチワワ。どうやら隠し撮りしたらしい。
本物の犬が俺の足元にやって来た。フンフンと足のにおいを嗅いでいる。俺はしゃがんで頭を撫でた。
「えーと……エリザベス、だっけ?」
「惜しいような、惜しくないような。アリスだよ」
「そうだ、アリスだ。で、このアリスがどうした?」
「まぁいいから」
友人は俺にスマホを突き付けてきた。頷いてその動画を観ていると、アリスはソファの上に飛び乗り、俺の古着のクッションを噛んで激しく左右に振り始めた。
たまらず友人を見上げる。
「おい、暴れてるぞ」
「大丈夫。最後まで観ろ」
瞬く間に友人の部屋は綿だらけになり、目も当てられない状態になった。画面のアリスは楽しそうに部屋を駆け回っている。
と、画面のアリスは我に返ったかのように急に立ち止まり、ばら撒いた綿を部屋の中央に集め始めた。俺は画面を凝視する。え、なにやってんの。
なんとアリスは破いたクッションの隙間から、器用に前足と鼻先を使って綿を戻そうとしていた。おいおいマジかよ。割とすんなり収められていく綿たち。しまいには全部詰め込み、部屋は元通りになった。アリスは満足したのか、何事もなかったかのようにクッションの上に丸まって寝始めた。
「な、賢いだろ? バズると思わねぇ?」
足元に温度を感じて見下ろせば、アリスが目を輝かせて俺を見上げている。そんな犬を見て、俺は思わず呟いていた。
「ワンダフル……」
END.
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