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以前の私『結月』に似た男性が目の前にいた。
「あの、もしかして……剛?」
剛とは結月の夫。
結月が22の時に産んだ男児の記憶となるよう申請していたはずだ。
つまり、今の私の兄という事になる。
「いや、剛は父の名前で……あぁ、そうか。だとしたらつまり……」
目の前の男性は困惑しながら髪をクシャっと右手でかきあげた。
あぁ、その癖。間違いなく剛だ。
彼は既に剛の時の記憶が薄れているようだが、わずかに残った記憶を引き出そうとしてくれている。
「ごめんなさい。今は勝だっけ。久しぶり。また会えてうれしいわ」
ふっと記憶が蘇ったのか、彼の表情が緩んだ。
「ごめん。俺は蘇ってから2年も経っているから、もう以前の記憶は曖昧で。だけど思い出した。……結月だろ」
「えぇ、今は結良。私は1か月前に蘇ったばかりだから、まだ記憶が鮮明なの」
ふたりで過ごした時間を覚えているが、彼の左手の薬指に光る指輪を見ても、胸は痛まない。
確かにふたりの間に愛はあった。
だけど今は兄妹という意識があるせいか、彼が誰を愛そうと心は痛まない。
むしろ彼がこの人生でもパートナーに出会えたことを、心から嬉しいと思う。
私達は仕事を勧めながら雑談はしたが、以前の自分たちの思い出話はしなかった。
この人生は、今の自分の人生。
今生きている間は兄妹として仲良くしよう、と連絡先を交換した。
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