目撃者

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“心中”の現場となったのは、古い公営アパートの2階の2DK。 女性はベッドの上に横たわり、男性はその部屋の入り口の鴨居に括り付けたロープで首を吊っていた。 首を吊っていた男性の足元で吠え続けていたとされる室内犬は、今はケージの中に入れられていたが、今度は部屋の中で所狭しと動き回る捜査員に向かって吠え続けていた。 「あ、手を出すと噛まれますよ」 ケージの中に手を入れて犬の頭を撫でようとしていた真栗に、唐井がツッコミを入れる。 振り返った真栗と目が合った唐井は、無言のまま視線だけ別の捜査員の方に向ける。 その視線に誘導された先にいたその捜査員は、自分の手をひらひらさせて苦笑いしていた。 どうやら、あの犬をケージに入れるために捕まえる際、彼も噛まれたのだろう。 慌てて手を引っ込めた真栗は、自分に向かって吠え続けている犬の目をじっと見つめた。 心中ということなら、おそらくこの現場の状況的に、男性が女性を先に殺めて、それから自分が首を括ったのだろう。 ということは、この部屋で飼われているこの犬は、その一部始終を見ていたことになる。 「そっか。お前は“ママ”を殺した“パパ”を恨んで、“パパ”に向かって吠え続けてたのか」 そう話しかけてみたものの、もちろん犬に伝わる訳ではなく、その犬は執拗に真栗に向かって吠え続けていた。 --- それからしばらくして二つの遺体は監察医の方に運ばれ、他の捜査員や鑑識係も現場から撤収することになった。 「犬、どうしますか?」 ずっと吠え続ける犬にいささか辟易していた唐井が真栗の方を見上げて尋ねた。 事件への関与は薄いとの判断で部屋に戻っていた階下の老婆も、現場検証の間に何度か“犬がうるさい”と、唐井が“何か思い出した時に連絡下さい”と渡した名刺に書かれていた携帯電話に苦情を伝えてきていた。 社交性の高い犬ばかりでなく、人見知りの激しい犬もいることは唐井も理解しているが、もう何時間も自分達に向かってこんなに敵意剥き出して吠え続ける犬に出会ったのは初めてだ。 「ここに置いとく訳にもいかないだろ。ご遺体の身元や関係者が分かって引き取ってもらえるまで、しばらく署で預かるしかねえなあ」 「…ですよね」 唐井は一つ大きなため息をついて、ガックリと方を落とした。
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