目撃者

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四位署(よいしょ)捜査一係の警部補、真栗(まぐり)が規制線に張られたテープをくぐって現場に入ると、既に多くの捜査員、鑑識係が現場で忙しなく働いていた。 滅多に事件の起きることのない四位署管内で起きた、久しぶりの不審死事件。 もしこれが殺人事件なら、県警本部から多くの捜査員が投入されて捜査本部が立ち上げられる。 そうすると所轄署の自分たちは県警本部の指揮下に入り、必然的に一線から外されて下働き要員を務めることになる。 “そうなりゃ、若けえのに偉そうなヤツに顎でこき使われながら、また午前様の日々か…” そんな考えがちらっと頭をよぎり、軽い眩暈を覚える。 「ご遺体は?」 規制線の中に、先着していた捜査一係での真栗の部下、唐井(からい)の姿を見つけ、現段階でわかっているであろう状況を尋ねる。 「若い男女…、身元はまだはっきり分かってませんが、夫婦の無理心中って感じですかね」 どうやら、女性は紐状のもので絞殺され、その遺体の隣で男性が首を吊っていたらしい。 死後そんなに時間が経っていないうちに発見されたらしいが、発見時にはもう手遅れだったようだ。 「第一発見者は?」 「下の階のお婆さんです。 どうやらこの部屋の犬がワンワン煩いと文句を言おうとしてこの部屋にやってきたらしいんですが応答がなく、ドアの鍵が空いていたので、中に入ったところ、二人の遺体があったとのでした」 「犬…?」 そう言われてみれば、そんなに大きな声ではないが、さっきから奥の部屋のケージの中で雑種と思われる室内犬がワンワン吠え続けている。 「そのお婆さんによると、その犬、ずっと首吊ってるご主人の方に向かって吠え続けていたらしくて」 「ふーん、なんでだ?」 「そんなの知りませんよ。警部補が自分で犬にでも事情聴取してください」 そう言うと唐井は、忙しそうに捜査員の輪の中に戻っていった。 真栗は、最近少し生意気になりつつあるペアの若手の後ろ姿を目で追いつつ、大きなため息をついた。 “でもまあ、殺人事件じゃなくて夫婦の無理心中なら帳場(捜査本部)は開きそうにないし、すぐに終わりそうだな” 不謹慎にも幾分ホッとしながら、真栗は現場保全用の手袋を着けながら、発見現場の部屋の中に入っていった。
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