第1話

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*** 「服を脱いだ姿は王子だけに見せなくては。」 「えっ?」   「ミーナ、そんな綺麗なお胸は王子だけに見せなくてはなりませんっ!」 「な、な、何を急に言い出すんですかっ!それに声が大きいですっ!しいーっ。静かに。」  ここは平日の昼下がりのスーパー銭湯だ。チョロチョロとお湯が流れてくる露天風呂に浸かって、侯爵夫人とわたしはまったり過ごしていた。最初は躊躇しまくっていた夫人も、お湯と露天風呂から青空がのぞく背徳感を満喫して「なんて素晴らしいの!」と感動していた。  ――今なら無防備な夫人を懲らしめることができるかも。  なんて不穏なことが頭をよぎったその瞬間、唐突に夫人から説教をされた。 「そんな変なことを言い出すなら、カメラアプリミッションはクリアしなくてもいいんですね。一人で頑張ってくださいっ!」  わたしは湯から上がり、体をタオルで隠してさっさと歩き始めた。  ――せっかくお疲れのようだから連れてきてあげたのに!    でも、隙あらばと思ったのは事実だ。腹黒い計画がうっすらわたしになかったと言えば嘘になる。 ***    数時間前のこと。  朝一でわたしのマンションにやってきたガッシュクロース侯爵夫人は、「失礼します」と慇懃な態度でわたしの部屋に上がり込んだ。 「とにかく休戦でございます。」を繰り返すので、じゃあとわたしの高校の時のジャージを貸し出そうとしたけれど、夫人はかなりふくよかだったので入らなかった。  そこで、ドンキで買ったメンズサイズのトレーナーの上下をクローゼットの奥から引っ張り出して夫人に貸した。 「で?カメラアプリミッションはなんだったんでしょう?」  わたしは夫人が身につけていたコルセットやらなんやらを取り外して、夫人ドレスを脱いでトレーナーに着替えるのを手伝った。  ――夫人は丸腰だな。    内心、いざとなれば夫人に勝つ勝算があることをこの目で確認してわたしはやっと人心地がついた。 「ファなんとかの、おになんとかよ。」 「えっ?」 「だから、ファなんとかの、おになんとかよ。」  数分の無言が続いた。   「あー!分かった!」 「ミーナ、分かったの!?さすがだわっ!あなた最高よ。」  じゃあ、そこまで行くか。  侯爵夫人は、全身メンズトレーナーにわたしが貸したナイキのシューズを履いて、頭に黒いカメラバングルをつけている。着替える時に邪魔だったので髪の毛のUPも崩して、わたしが適当にポニーテールにしてあげた。それなのに、カメラバングルは自分でつけたのだ。  わたしと侯爵夫人はマンションのエレベーターを降りて、近くのコンビニまで歩き始めた。 「ミーナ、この格好はとても楽ね!お腹空いたわ。」  最後のところは小さな声で、侯爵夫人はわたしにささやいた。  きっと、目の前の吉野家から美味しそうな牛丼の匂いがしたからだ。   「その頭のカメラバングルとりましょう。ご馳走します!」  隙をみて、夫人を懲らしめることができるか、もしくは交渉することができるか、わたしは機会を伺っていた。  侯爵夫人の頭からカメラバングルを撮ると、まあ、普通の令和の人に見えなくもなかった。   「行きましょう。」  そこからが大変だった。 「美味しいわあっ!なんなんでございますか。これはっ!素晴らしい!」  絶賛の嵐だった。  すっかり、わたしを殺そうとしていたことなど忘れてしまっているような無邪気な侯爵夫人の姿にわたしもうっかりほだされた。 「じゃあ、帰る前に気持ちよくお風呂に入りましょう。」 「お風呂?」 「ええ、お風呂ですっ!大きいですよっ!」  というわけで、わたしは行きつけのスーパー銭湯に侯爵夫人を連れてきたわけだ。  露天風呂で気持ちよくなったと思ったらいきなり妙な説教を始めた夫人に、わたしはすっかり気分を害した。わたしはさっさと更衣室に戻った。追いかけてきた夫人は滑りそうになって、知らない人たちに助けられていた。  すっぽんぽんで銭湯の床で危なっかしく歩いてくる侯爵夫人を見たら、わたしの気分もだいぶおさまりがついた。  そこで、マッサージチェアを夫人に経験させてあげてコーヒー牛乳もおごった。 「素晴らしいわっ!ミーナ!あなた、しばらくわたしの相棒ねっ!」  ――そこまで言うなら、わたしを狙うのを諦めてもらえますか。  すっかり気分よくなった夫人の頭に、スーパー銭湯から出てきたタイミングで、わたしはカメラバングルを再びつけた。  近くのファがつくコンビニにそのまま夫人を連れて行った。    登山家のようなカメラバングルを頭につけて全身トレーナーの侯爵夫人に、お店にいた人たちはギョッとしてちょっと夫人から離れた。  わたしもすっと夫人から離れた。くっついていたら、間違って1512年に連れていかれかねない。 「夫人!その棚に頭を向けてください。すぐに戻れますから!」  わたしがそう言うと、素直に侯爵夫人は頭をコンビニのおにぎりの棚に向けた。 「カメラアプリミッション、クリアしました。」  懐かしい機械音がして、夫人は1512年に戻った。  わたしはさりげなく「あれ、夫人はどこだ?」と言いながら探すふりをしてコンビニを後にした。  誰も夫人が姿を消すところを見ていなかったはずだ。コンビニの防犯カメラにはしっかり写ったと思うけれど、誰も見返しはしないだろう。  わたしは部屋に戻って、夫人が脱いだ後のドレスとコルセットを丁寧にハンガーにかけて、ベランダにつるした。  会社を仮病を使ってずる休みしてしまったけれど、1歩王子との結婚に近づいた気がする。  夫人とわたしの間にあったトラブルは、解消できそうな気がしたのだ。この時は。  王子というのは、わたしの本命の彼氏。目下、王子の母上に婚約を猛反対されている。なぜならわたしの家が貧乏だから。わたしは品がないんですって。
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