色鉛筆の片想い

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※ ※ ※  今振り返ると中学時代の僕は何でも持っていた。  家は町で一番裕福だったし、テストの成績も良かった。容姿も人並み以上で、健康にも問題がない。けれども、僕の全てを否定する所謂毒親の子だった僕にはないものが一つだけあった。それは自信だ。中学時代、僕は「自分になんて何もない」と絶望していた。  自信がない僕は内気で臆病だったけど、そんな内心を悟られたくなくて逆に何にでも自信ありげな態度を取っていた。それで通ってしまうくらい勉強もスポーツもできたけど、友達は一人もいなかった。  皆が僕に一目おいていたが、気のおけない会話を楽しむ相手とは見なしてくれない。当然だ。僕が心を開いていないのだから。いつも無言で冷めた笑みを浮かべている裕福な優等生。それが中学時代の僕だった。自分で言うのもおかしな話だが、嫌なヤツだったと思う。 そんな僕に気兼ねなく話しかけてくるクラスメートが一人だけいた。それが藤崎里帆だ。お世辞にも豊かとは言えない家庭の子で勉強もできなかった。けれども、男子顔負けのスピードで給食を平らげてお代わりをしに行く彼女を馬鹿にする者は誰もいなかった。  彼女にはとびきりの武器が二つもあったからだ。一つは皆がつい笑顔になってしまう天性の人懐っこさ。もう一つは絵がとてもうまかった。里帆が描くコミカルに誇張された教師の似顔絵は大人気で、休み時間の度に里帆のノートの落書きを見に来る生徒の輪ができた。  独りぼっちの僕とは対照的に、彼女はクラスの人気者でいつも楽しそうだった。 「おっす! 大城くんの絵、見せてよ」  里帆はよくそう気さくに話しかけてきた。実は僕も絵が好きだった。絵画教室にも通っていて、内心自分の画力にはちょっと自信があった。何もない僕がもし手にしているものがあるとすれば絵の才能だけで、将来は画家になりたいとさえ思っていた。  だから、共通の特技があって、ただ一人自分に心を開いてくれる里帆のことを僕が好きになるのは当然の成り行きだった。 「黄金比を組み合わせて視線を誘導しているところとかすごいね!」  ただ「うまいね」とか「本物みたい」とか褒める他のクラスメートとは違って、きちんと僕の意図を読み取って褒めてくれる。そんな里帆の言葉が聞きたい一心で僕は毎日絵を描いた。そうしていればいつか彼女の心を手に入れることができる気がして。  けれども、どれだけ絵を描いても、里帆が僕に向ける笑顔は他の生徒に向けるものと一緒だった。  次第にそんな里帆のことを、恋焦がれる気持ちと同じくらい僕は強く憎むようになっていった。
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