色鉛筆の片想い

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 美術の時間、僕が作品を提出するために自分の机の上に出すと、周囲の生徒達から歓声が上がった。 「大城くん、さすが!」 「SNSに上げたら、めちゃくちゃイイネつきそう!」  水道橋の向こうから夕陽が早瀬川を照らしている。金色の小さな船が無数にたゆたっているかのようにさざめく川面。川岸ではススキが淡い影を水面に落として風に揺れている。土手を散歩している仲良さげな親子の笑い声まで聞こえて来そうだった。  とてもリアルだけど、あざとくならない程度に中学生らしい素朴さがにじんでいる絵だ。鑑賞する人は深い感銘を受けると同時に微笑ましさを覚えるはずだった。  最高傑作だ。大賞を取れるに違いない。  僕がそう悦に入っていると、教室の反対側から感嘆の声が上がった。それはまるで波紋のように広がって行く。ついには先ほどまで僕の絵に見入っていた生徒達までそちらに行って称賛し始める。  僕は戸惑いながら里帆の机へと向かった。そして次の瞬間、微動だにできなくなった。  それは奇しくも早瀬川に水道橋を入れた同じ構図だった。だが、百色どころではない色彩が画用紙一杯にあふれている。 「点描画……」  思わず僕の口から声が漏れた。点描画というのは色を混ぜずに様々な色彩を生み出す油彩画の技法だ。  色鉛筆の色は混ぜることができないから、十二色の色鉛筆なら使用できるのは当然十二色だけだ。しかし、里帆は十二色の細かな点を組み合わせて人間の網膜の中で色を混ぜることで無数の色を生み出すことに成功していた。  早瀬川のせせらぎが青、黄、赤、緑と様々な色で跳ね踊っている。その川面を包む世界を秋の夕暮れの太陽が色彩を爆発させて燃やしている。水道橋のシルエットも複雑な色使いでミステリアスな躍動感に満ちていた。  色彩のオーケストラ。そんな言葉が僕を打ちのめすように脳裏に浮かんだ。  茫然自失として自分の席に戻る。  負けた……? 僕には絵しかないのに。  冷たい底なし沼にどこまでも沈んでいくような絶望感に飲み込まれたとき、声が響いた。 「すごいじゃん! 大城くんの絵!」  僕の机の前に里帆が立っていた。  一瞬耳を疑ったが、彼女は瞳をキラキラさせて真剣な表情で僕の絵に見入っている。 「本当にさすがだなぁ」  里帆はそう悔しそうに唇を噛んだ。  僕は改めて自分の絵を見た。  冷静になってみると、確かに里帆の絵に負けていない気がした。十二色という縛りの中で描いた里帆の方が、僕より力量が上なのは間違いない。けれども、作品だけを比べれば、僕の絵もけして引けを取っていなかった。  すると吉田が二つの絵を見比べて言う。 「どっちもうまいけど、里帆に百色色鉛筆を使わせていたら、大城に勝ってたのは間違いないんじゃね? それがここまで競るなんて金の力ってすげーな」  すると他の皆も口々に同意の声を上げる。真実を突きつけられて、僕は自分の胸にピシッと亀裂が走るのを感じた。  ふざけるな。僕だって好きで金持ちの家に生まれたわけじゃない。好きで孤独になったわけじゃない。  先生が皆に席に着くように言うまでの間、僕は無言でぎりぎりと奥歯を噛み締めて里帆の横顔を見つめていた。  助けて欲しかった。せめて彼女だけには僕の孤独をわかってもらいたかった。そして、できることならば、ぎゅっと抱きしめて欲しかった。……自分でも自分のことが大嫌いな僕のことを。  けれども、里帆は何か考え事をしているように顔を逸らして、窓の向こうの風が吹き渡る青空を見つめているだけだった。
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