色鉛筆の片想い

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 回収された全校生徒の作品はその日の内に体育館に展示されて、木曜の夜先生たちで大賞と優秀賞を選ぶということだった。  僕は負けるかもしれないと考えると苦しくてたまらなかった。里帆の絵に大賞のリボンが添えられて、皆が大喜びする様子を想像すると、耐えがたいくらい悔しくて惨めな気分になる。  ……それでも、もうできることは何もないのだ。  そう自分に言い聞かせて、学校生活をこなした。  けれども、木曜日の夜になると僕は居ても立ってもいられなくなった。一度はベッドに入ったものの眠れず、こっそり家を抜けだすと自転車で中学校に向かった。  時刻は夜の十一時を回っている。日中とは異なり、冬が間近に迫る冷たい夜の坂道を祈るような思いでペダルを踏む。  勝つ。勝つ。勝つ。勝つ。神様。勝つ。勝つ。勝つ……。  ひと漕ぎひと漕ぎ祈りの言葉を捧げる。途中で祈りの言葉なのか呪いの言葉なのかわからなくなった。  夜の学校は昼間とはまるで別の建物だ。真っ暗に静まり返って巨大な廃墟のように見える。自転車を降り、学校のフェンスをよじ登った。  もちろん、体育館も照明が落とされて施錠されているが、足元の換気用の窓は鍵がかけられていないことを生徒なら誰でも知っていた。  蜘蛛の巣を払いながら窓から体育館に忍び込むと、持って来た懐中電灯のスイッチを緊張しながら入れる。そうして、体育館の壁面に張り出された全校生徒の絵を照らした。  僕は自分の絵を見つけると凝視したまま身動きできなくなった。  ……大賞には選ばれていなかった。それどころか優秀賞にも。  そして、当然のように里帆の絵に大賞のリボンが添えられていた。優秀賞は三年生の男子と女子の二人だった。  僕は頭を抱え込むとその場にしゃがみ込んだ。  ……僕には何もない。  親は僕を愛してくれないし、友達だっていない。家は裕福だけど、それが周囲のクラスメートと壁を作って更に僕を孤独にする。何より僕自身がこんな僕のことなんて大嫌いだ。  ……それなのに絵まで奪うのか?  絶望に暮れて胸の奥からマグマのような涙が込み上がって来たとき、物音がした。  警備員が巡回しているのかもしれない。僕は慌てて懐中電灯の灯りを消し、体育館の備品室に身を隠した。  やがてガタガタと換気用の窓が開く音がした。 息殺して闇の中を注視していると、やって来た人物の手元でパッと光が灯る。  ぼんやりと懐中電灯に照らされているのは里帆の愛くるしい顔だった。  驚きつつ見つめていると、先ほどの僕と同じように壁に光を向けて自分の絵を探している。  彼女もまた結果が気になって体育館に忍び込んで来たのだ。僕は音を立てないように気を付けて体育館の外へと逃げ出した。とても同じ空間にいられなかった。   自転車を全力で漕ぐ。真っ暗な敗北感が胸いっぱいにあふれて、このまま夜の闇にドロドロに溶けて消えたい気分だった。
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