予感

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「あっ! そういえばさ、姉貴知ってるか?」  弟の素っ頓狂な声を聞いた途端、私は予感した。こいつきっと今から犬の話をするに違いない、と。何となく弟から犬の気配がしたのだ。私のこういう勘はよく当たる。 「何をよ」 「アライグマが食い物を洗う理由」  あれ、違った。おかしいなと思いつつ「目が悪いから洗って確認するとかいうやつでしょ?」とおざなりに返事をすると弟はチッチッチッと人差し指を左右に揺らす。何かむかつく。今日の時給は500円引きにしてやろう。 「最近の研究でさ、アライグマって指先濡らすと感覚が鋭くなるのがわかったらしいんだ。すげぇよな」  何がすげぇのかよくわからないが適当に頷いておいた。多分自分が今まさに〝洗い物〟をしているからアライグマが出てきたのだろう。洗ってるのは食べ物なんかではないけれど。 「はいはい、それよりさっさと作業終わらせてよ。綺麗に洗ってから持って来いっていう依頼なんだからさ」 「ふぅん。でもこんなもん綺麗に洗ってどうすんだ?」 「知らないわよ。コレクションでもしてんじゃない?」  弟は「趣味悪っ」と吐き捨て面倒そうにソレを洗っていた。 「あ、ちゃんとシャンプー用意してきてくれたでしょうね。髪もちゃんと洗っておけって言われてるから」 「はいはい、買ってきたよ。経費で落ちるって言ってたから結構よさげなのにした。オーガニックでコンディショナー成分入りのやつ」 「へぇ、あんたにしても気が利くじゃん」 「まぁねぇ。あ、そうだ、姉貴これは知ってるか?」  来た、今度こそ犬の話題だ。 「猫のお腹ってさ、すげぇいい匂いがすんの」  違った。おかしいな……。 「それは知ってるわよ。私だって猫飼ってたことあんだから」  すると弟はいかに自分の猫が可愛いかを力説し始めた。 「でもさ、みぃちゃんひとりじゃ寂しいかなって思って。もう一匹猫飼おうかなって思ったんだけどどうせなら別のペットもいいかと思ってさ」  きた! これはもう犬の話だろう。絶対にそうだ。 「それ、ひょっとして……」  言いかける私を遮るようにして弟は「ウサギもいいかなって。ああでもチンチラとかいうのも可愛いよなぁ。でもモルモットも捨てがたい」といろんなペットの種類を挙げていく。なのに犬という単語だけが出てこない。うーん、私の勘も大してあてにならないのだろうか。 「よし、と。作業終わったよ。何だよ姉貴、変な顔して」 「別に」  何となく不機嫌な様子の私を見て弟は首を傾げながら洗い上がったソレをタオルで拭き台の上に乗せる。 「ま、いいや。ほれ、いっちょ上がり。この後運び屋が来るんだろ?」 「ああ、うん」  不意に弟が「あっ!」と大きな声を上げる。ひょっとして今度こそ……。 「さっきみぃちゃんのご飯買い忘れたんだった。帰りにもっかい寄って買わないと。じゃあ、お先。あ、これシャンプーのレシートな」  そう言ってレシートを私に押し付け、弾むような足取りで去っていく。私はレシートを見て苦笑した。 「確かにどっかで適当にシャンプー買ってきてって頼んだけどさぁ……普通ペットショップで買うか?」  よくよく見ればシャンプーのボトルにもでかでかと〝犬用〟と書かれている。なるほど、それで犬の気配がしたわけか……。台の上に乗せられたソレの髪はツヤツヤだ。さすがはコンディショナー成分入り。でも犬用だとわかると、トリミング直後の犬みたいな匂いが気にならないでもないが……ま、いいか。 了
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