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事情を話すと、キュウさんは難しい顔をした。
「事情は判った。だがな、ナナ。すまんがワシはその辺のことはあまり知らんのだ」
「え? だってキュウさんはご長寿で、いろんなことを……」
キュウさんは、さもおかしそうに耳をぱたつかせた。
「ご長寿、な。ナナもそんな言葉を使えるようになったか。ふむ、褒めてくれるのは嬉しいが、ワシが若かった頃はの、犬なんて所詮捨て育ちみたいなもんだったんさ。メシは人間の残り物、家の中に入るなんてもってのほか、暑かろうが寒かろうが外暮らしでな」
「ヤバっ。それって虐待じゃ……」
「当時はそれが普通だったんじゃよ。もっとも夏は今ほど暑くなかったが。おまえが言う “ 将来 ” なんてものも、とりたてて考える必要などなくてな。メシもらって散歩に行くのが唯一の日課で、また何よりの楽しみじゃった。休みの日、縁側に座ったご主人にたまのことで頭をなでてもらえば、それは嬉しいもんでな。あとは一人で庭のスズメを追っかけたかと思えば、仲間で集まっては相撲取ったりの毎日じゃった」
なんか、思ってたのと違う。それじゃただの居候……いやいや。
「それに較べると、今の若いモンは大変だのう。小さいうちからあれこれ習いに行ったり、いろんな芸を仕込まれたりな。まあ我々の頃にも使役犬というのはあったが」
「シエキケン?」
「人間のために働く犬のことじゃよ。警察犬とか盲導犬と言えば判るか? けど、あれらは超に超がつくエリートがなるもんでな。我々、凡犬には縁のないものだったんじゃよ」
「で、でも何にもできないのって、なんかその、肩身が狭いっていうか……」
「肩身が狭い? なんだ、ナナ。おまえ、家でひどい目に遭うとるんか」
「い、いえ、そんなことはないです! ちゃんと美味しいごはんもらって、お散歩もたくさん……パパが帰ってきたら『お帰り祭り』してあげると、いっぱい撫でてくれるし」
「そら見ろ、充分幸せではないか。よそはよそ、うちはうちじゃよ、ナナ。ご主人にはご主人の考えがあろうて。今の時代、人間もひどく疲れておる。おまえの存在で、その疲れが多少なりとも癒えれば、それも立派に人の役に立つと言えんか」
「でもなんかみんな、すごくキラキラしてるように思えるんです。アイドルになりたいとか、フリスビー選手権で優勝したいとか、ちゃんと将来の目標がはっきりしてて」
「ふむ。それらも悪くないが、そういうものは大概……」
「――ナナっっっ!!!」
「痛っ!!」
突然のものすごい叫び声にびっくりするや、いきなり首輪をがしっと掴まれた。
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