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「ちょっと、あんた脱走したんだって? やるねえ」
近くにいたコーギーのおばさんが興味津々で声をかけてくる。
「いやあ、いかんでしょ。この時代、事故も怖いし保健所捕まったらヤバいし」
フレンチブルドッグおばさんがたしなめるように言うと、隣のビーグルおばさんも賛同するように頷いた。
「そうそう、ヘンタイにさらわれたら、もう終わりだしね。だけどアンタ、何だって脱走なんかしたのさ」
私が事の次第を話すと、おばさんたちは一斉にため息をついた。
「それは勘違いしまくりだわ、アンタ」
「そうそう、『SNSで大人気!』とか、はっきり言ってなるもんじゃないよ」
「え、どうしてですか?」
フレブルのおばさんが、ふんっと鼻を鳴らした。
「あのねえ、考えてもごらんよ。寝ても覚めても写真だの動画だの撮られて、それを全世界にバラまかれるんだよ? うっかりやらかした変顔とか、股おっぴろげて寝てるとことかさ。ヘソ天? 冗談じゃないよ、プライバシーの侵害も甚だしい!」
おばさんたちは一斉に、けしからんとばかりに頷き合った。
「で、でもいろいろ働くとかできた方が、何て言うかその、自立してるって言うか……」
「自立!!」
おばさんたちは揃って噴き出した。
「あのさあ、アンタ。どんな犬だって、飼われてる以上みんなごはんもらったり、散歩連れてってもらったりしてんのよ。具合悪くなれば、こうして病院連れてこられたりね。完璧に自立してる犬なんて、今の時代ほとんどいないでしょうに。昭和の昔ならいざ知らず」
「そもそもさ、人間は好きでアタシたち犬を飼ってるんだよ。それを負い目に感じる必要なんてないんじゃないの? ある意味、いるだけでいいっていうか」
なに、この強烈なプラス思考+自己肯定感。やっぱり歳を取ると、ここまで図々し……いやいやいや。
「そりゃもちろん、感謝は必要よ? ご主人に対する忠誠心もね。だけどさ、何も自分が何者かにならなきゃ、なんてことはないわけよ。まともな飼い主なら、出来不出来とか関係なく大事にしてくれるってもんよ」
「そうそう、昔から言うじゃない。バカな子ほど可愛いってさぁ」
ぎゃははは、イチさん、それモロだわあ! とおばさんたちは全員尻尾を振り回して笑いこけた。
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