【18】精霊の名

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【18】精霊の名

――――スティファニーとツェリンは本日くらいはと大公邸に2人で帰邸していった。 だから、ツェリンがいないチェルナマチカ邸と言うのは……静かで何だか妙な気分だけど。 「スゼル……か。恐らくそれはこれのことだろう」 ユニウェールさんに聞いた名前をオスカー兄さんに問えば、書斎で一冊の本を見せてくれた。 「それは……」 「チェルナマチカに伝わる精霊の本だよ。ここにはその名や説明が書かれているんだ」 「……スゼルは……風の精霊、ラーナは火の精霊……学園の講義では……習ったことない」 そもそもこの世界の魔素や属性の話は習ったけど、精霊と言うものがいるだなんて初耳だ。 「それは私たちが魔法と呼ぶものと、現代魔法の考え方が違うからだよ」 「……考え方……?」 「現代魔法は個々の人間の宿す魔素を魔力に変換して魔法を放つ。魔素は酸素のように空気中にも漂っていて、それらは人間が呼吸とともに日々取り込み魔力に変換しているから、人間は魔法が使える……そう考えるんだ」 「じゃぁチェルナマチカは……」 「身体の中に魔力の源になるものを持つ……その見解は同じだが、空気中の魔法は精霊が起こすものだと考える」 空気中の魔法……つまりユニウェールさんが操ったのも、俺が風を呼んだのも、チェルナマチカの考え方では、風の精霊スゼルが起こしていた。火ならばラーナ、土ならばタラーヤ。彼らが、魔法を起こしていた……。 「日常の中の魔法の中には、精霊たちが力を貸してくれると考えられるものもある。だから私たちは魔力がなくとも、精霊と会話ができれば使える……もしくは、チェルナマチカの王族は精霊の加護を受けているから、もしもの時に力を貸してもらえる……そう伝わっている」 「その……もしもの、時」 「滅多にそんなことはない。あの父上以外はな」 それはユニウェールさんのような芸当はオスカー兄さんたちはできないと言うことでは……?なら、あの探索方法も……あれはスゼルが導いてくれたものだから……よほどのことじゃないと、スゼルが俺たちを守るために動かないと言うことだろうか。 「ユニウェールさんはそれで何ができるの?」 「……あのひとは、精霊と会話ができる。精霊に特別に愛されているそうだ。だからあのひとの周りには常に精霊がいる。精霊王から特別な加護を得ているらしい」 精霊王なんてのがいるのか……。 「だからあのひとを守るためなら精霊はまるで本能のように動く。けれど……あのひとの言う限りでは、彼らは人間のような感覚は持たないそうだ」 それは……ユニウェールさんがスゼルを止めた時にも言っていなかっただろうか。そして……。 「あの……オスカー兄さん。多分……俺も……スゼルやラーナたちと会話ができる。そうだから……ユニウェールさんは俺にスゼルたちのことをオスカー兄さんに聞くように言ったんだと……思う……」 「……まさか、ピスィカがそうだったのか……」 オスカー兄さんは少し驚いたような表情を見せたが、すぐに柔和に微笑んだ。 「その……」 「そんな顔をするな。精霊に愛されるものは、私たちにとって祝福すべき存在だし、それにピスィカは私たちの大切な弟には変わりないのだから」 「オスカー兄さん……」 「……だが」 オスカー兄さんの表情が険しくなる。その……やっぱり……何か問題が……っ。 「よくも黙っていたな、あの放蕩親父……今度見掛けたら説教だ」 スティファニーたちには首根っこ掴まれ、オスカー兄さんには説教……なかなかに大変そうだが……大丈夫だろうか……? あ……そう言えば。スティファニーたちの一件で確か……。 「あの、オスカー兄さん、ひとつ聞いてもいい?」 「……どうした?」 「あの……言霊の能力を持つツェリンがうちにいることって、能力のことと何か関係があるの?」 「あぁ……それか。それは……私たちが異能と呼ばれるものを含めて、魔法耐性が強いから……だな。これも精霊の加護の影響だ。まぁ王太子殿下相手に問題を起こしたことも事実だが……こちらの方がツェリンが過ごしやすいと言う考えも、学園長にはあったのだろう」 そりゃぁ……環境は……そうかもしれないけど。ツェリンは家族と過ごしたかったのだろうな。多分……誰よりも。家族と引き離されて暮らすのは……やっぱり寂しいから。俺だっていきなりここを離れてよそのお宅にとか言われたら……やっぱり寂しいから。 「でもできれば……ツェリンも実家で暮らせれば……」 せっかくスティファニーとまた仲良しに戻れたのに。 「そうは言っても……私たちのように精霊の加護をと言うわけには行くまい。精霊王ならどうにかできるかもしれないがな」 精霊王……か。とは言えどうやれば出会えるかも分からないが。 「今日は疲れただろう?今夜はこれくらいにして、ピスィカもそろそろ寝なさい」 「……うん、そう、だね」 考えていても想像できないからな……。 「じゃぁ、おやすみ」 「あぁ、おやすみ」 オスカー兄さんにおやすみを言って書斎を出た瞬間のことだった。 「……ここ、どこ」 屋内にいたはず……しかも夜のはずなのに、明るい木漏れ日に照らされた森の中にいたのである。 「あら、あなたが会いたがっていたのではなくて……?」 目の前に現れたのは……美しい緑の髪の……美女? それに会いたがっていた……とは。 「一応精霊たちの纏め役……人間たちで言う王のような立場にいるのよ」 ……ってことは……精霊王……っ!?しかも……女性だったのか。
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