【5】洗礼と入学式。

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【5】洗礼と入学式。

――――洗礼……やはり受けていないのはまずかっただろうか。 「まさかピスィカ兄さんが洗礼を受けてなかったとは」 「国民の義務ですよね。受けさせないと罰則いきませんか?」 そうなのか……?それは初めて聞いたのだけど……。 「でも、大丈夫。……確か兄さんがいるはず」 フェルさんがステータスを表示して何かを操作している。兄さん……えっと……オスカーさんかな……。 すると暫くして……。 「お待たせしました、フェル。ピスィカは無事に来られたんですね」 来たのはオスカーさんではなく……神官……さま? 「三男のティグル・チェルナマチカ。ティグル兄さんは神官で……王都の神殿出向の、魔法学校駐在員だよ」 そうハヤトが教えてくれる。 「まぁ本当はいろいろ手順があるのですが……今は急ぎますから、すっ飛ばしましょう。ピスィカ、自分の名を言ってみてください」 「……っ!?」 しゃべるの……?いや、しゃべらないとステータスも表示できないか……。 「名を言うくらいなら問題ない」 その時、オスカーさんの声が響いたと思えば、何もないところから突然オスカーさんが現れる。 「オスカー兄さんだけ転移ずるいー」 そっか……転移魔法か……! 「私は特別に許可を得ているんだ。それを許したら不審者が入り放題だろう」 あはは……それは確かに。 「ピスィカ、恐れるな。むしろ自分の名を告げることは、自身の魔力を操ることにも通じる」 「そうですねぇ。魔法が暴発しそうな子はまず呪文に自分の名前を入れるんですよ~~。そうすると安定剤になりますから~~」 ……思えば、俺は自分の名前を知らなかった。誰も呼ばなかったから、ないのだと思い込んでいた。 俺は自分の名前を認識しておらず、平民で魔法を恐れるあの人たちは知るよしもなかった。 だから名前すら告げず……いや、自分たちは与えることもなく。 本当の父親が与えなければ名前すらない。戸籍は……生まれたと言う記録はあれど、名前がない。だから……神殿の洗礼も必要なかった。 でも本当に必要だったのは……あの人たちが不要だと切り捨てた、俺の本当の名前。 化け物の名前は……俺自身ではなかったから、それじゃぁ制御ができなかった。 「……、か……。ピスィカ」 ゆっくりと、自分の名を紡ぐ。俺の本当の、名前。 「ピスィカ・チェルナマチカだ」 オスカーさんの言葉に顔を上げれば。 「ピスィカは我々の兄弟であり、チェルナマチカだ。ステータスに紐付けられる名だ。堂々と名乗りなさい」 「……ピスィカ・チェルナマチカ」 そう告げると、どうしてか何かがすうっと身体に馴染むような感覚を覚える。 「では、ピスィカ・チェルナマチカ。神の与えし、ピスィカ・チェルナマチカがピスィカ・チェルナマチカである証を授けます」 俺は……ピスィカ・チェルナマチカである証すら、与えられて来なかったのか……。 ティグルさんが告げると、俺の前に所謂ステータスの半透明なモニターが出現する。文字が読めないはずなのに、脳内で変換されるその文字は……『ピスィカ・チェルナマチカ』。 「あぁ、あとステータスと叫んだだけではモニターが開くだけだ。爆発とかはしないから安心しなさい」 とのオスカーさんの言葉に……。そ、そうだよね。むしろステータスと叫んだだけで爆発したら……恐いこの世界。 ※※※ ステータス開示を終え、無事に学生証をステータスに組み込んでもらった俺は、異母兄……のオスカーさんたちと別れハヤトとツェリンと入学式会場の中を訪れた。 まるで巨大なコンサートホールのよう。ハヤトたちと共に空いている椅子に腰掛ければ、やがて入学式が始まる。 やはりどこの世界でも、入学式は同じようなもので……偉いひとの挨拶やら、新入生代表の言葉とかを聞き流していれば。 壇上に立ったその人の姿に驚く。 「ピスィカ兄さん驚いた?オスカー兄さんはここの教師もやってるんだ」 ハヤトの言葉通り、そこにはオスカーさんがいる。 「うち、みんな魔法使いの兄弟だからねー」 確かに今まで紹介された兄弟たちは……そうだ。神官もまた、魔法を使うからこそ、広義的には魔法使いのくくりにも入るのだろう。 そうして入学式が終われば。 「あー、疲れたぁ」 ツェリンが溜め息を漏らす。 「ほんと、こう言うのって何で長いんだろうねー」 それはもう、前世からの謎である。 「あとは制服や教科書、必要なものをもらえば終わりだよ」 ハヤトの言葉に頷き、3人で必要なものを受け取りに行こうとした時だった。 「あぁ、いた。本当に来たの?落ちこぼれ」 その声にツェリンがびくんとなる。 声の主は、複数の取り巻きを抱える美しい少女だったのだが。 「え、誰?知り合い?」 そのハヤトの言葉に少女がかあぁっと顔を赤くする。 「いや、ハヤトくん、忘れたんですか。てかほんとにブラコンすぎて人の顔覚えませんね」 と、ツェリン。ブラコン……なのか?兄弟仲はよさそうだけど。 「私の双子の妹のダニーですよ。似てませんけど」 え、ツェリンの……!? 「いや、ツェリンに似てたら覚えると思うよ、さすがのぼくも」 「え――――……嫌ですよぉ」 「私だって……誰があんたとなんて……!あとスティファニーよ!」 ダニーが……いやスティファニーが憤怒の表情を見せる。てか『ニー』しか合ってないよツェリン!? 「だいたい……何であんたみたいなのがハヤトさまと一緒に……っ」 さま……?あぁ、貴族令息だからかな。ハヤトはルックスもいいし、オスカーさんみたいにどこかキラキラしてるもの。女子にも憧れを持たれそうだ。 「何で……って、今はチェルナマチカ家にいるからですよ」 「あんたみたいな落ちこぼれがハヤトさまのお屋敷にだなんてあり得ない……!」 「いや、ぼくのと言うより魔法侯爵家」 まぁそうなのだろうけど。 「うるさいからもう行こうよ、ピスィカ兄さん。ツェリンよりもうるさい」 「今さらっと失礼なことをまたぁ~~っ!いや、私ももう行きます!あのことしゃべっていても不愉快なだけですもん!」 俺の手をとり、早く行こうと言う2人に対し、スティファニーがまた激昂する。 「待ちなさいよ……!ハヤトさまは……っ」 「くどいですよ。ハヤトくんのブラコンなめてます。ハヤトくんがお兄ちゃんと一緒の時間を邪魔するとかナンセンスですよ。それが理解できないあなたに構ってるヒマはないんですから」 え……?一緒の時間って……今一緒にいるのは……俺……?兄だと本当に思ってくれているのだろうか。俺は平民の出なのに……? 「もう面倒だなぁ……いいや、モノは後で送ってもらおう。学生証ももらったから、はい、転移!」 え……!? ハヤトの言葉に驚いた瞬間にはもう既に、チェルナマチカ家の屋敷の前だった。 「あれ、転移で戻ってきちゃったの?」 出迎えてくれたゼスさんが苦笑していた。 「変な女に絡まれて仕方がなかったんだ」 「スティファニーですよ、例のスティファニー・ルシア」 「あぁー……あの」 有名なんだろうか。それともツェリンの双子の妹だから? 「そう言うことならオスカーも納得するねぇ。一緒にいるピスィカに何かあっても困るし」 え……俺? 「いきなりのことで疲れたよね。大丈夫!今日はゆっくり休めばいい」 まぁ……いきなりの移動のあとに入学式だったもんな……。 「夕食の時間になったら食堂においで。それまでは好きに過ごせばいいから」 好きに……と言われても。 「じゃぁ早速ピスィカ兄さんの部屋に行こうか!」 「……っ」 ハヤトに手を引かれ、屋敷の中に招かれる。えと……俺の……部屋? 「私はシャワーでも浴びてきますぅー」 ツェリンは手を振って……彼女は彼女の部屋に戻ったのか。それにしても……俺の部屋か。まぁ寝るところがあれば、それで。 ――――――そう、思っていたのだが。 その部屋の中は……。 ……広っ。まるでどこかの貴族の屋敷!いや……貴族の……屋敷ではあるのだけど。
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