【6】グヤーシュ。

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【6】グヤーシュ。

――――チェルナマチカ邸、食堂にて。 「……あの」 少しずつなら、しゃべってみようか。 目の前の料理を指してハヤトを見れば。 「どうしたの?ピスィカ兄さん」 俺が五男で、ハヤトが六男だからか、食事の席は隣同士。 所謂上座に相当する位置にオスカーさんが腰掛け、その左右にゼスさんとティグルさん。そして俺の向かいにはフェルさんで、その隣がツェリンである。 そして俺の席の前には……普通に、料理……? 「グヤーシュは初めて?」 ハヤトが首を傾げる。 「ピスィカの暮らしていた地域にもなかった?あの辺りなら平民でも食べると思うけど。あ、中の食材は違うと思うけど」 と、ゼスさん。 うん……みたことはあるけど。 「具……あるから」 「えっ、平民のグヤーシュって具なし!?」 「いや……」 そう言うわけではないのだけど。俺の場合は具なしの残り物だったし……。 嫌がらせで辛いパプリカを大量に入れられたこともあった。 「魔法通貨のことも、あと洗礼のこともありますからねぇ。これは調査ですね」 「あぁ」 と、ティグルさんとオスカーさん。 調査……そう言えば魔法通貨のことも……言ってたっけ。 「パプリカパウダーかけます?」 「……」 こくんと頷きツェリンが手渡してきたパプリカパウダー入りの容器をもらう。 「ピスィカ兄さんは痩せすぎだし、たくさんお肉食べないと!香辛料もいくらでもあるし、好きなだけ使っていいよ」 そう……なの? うん……でも抑え目にはした方がいいよね。 抑え目……抑え目……。 「あの……ピスィカ?」 フェルさんの呼び掛けに顔を上げれば。きょとんとしている。 か、掛けすぎ……ただろうか。 「ご……ごめんなさい」 「いや、怒った……わけでは」 「ピスィカ兄さんがいいなら構わないけど……!それ……食べるの!?」 「……」 こくん。あ……でも具があるのならこんなにかけなくてもよかった……か? 「ピスィカくんって辛党……いや激辛党だったのですね……っ」 え……激辛……?うーん……この世界って辛い調味料しかないと思っていた。いや、塩ならあるけども。 嫌がらせで入れられるのはもっと量が多いし、栄養をとるためには調味料とは言え、とっとかないといけなかったから……これくらいは普通だったのだけど。 ……まぁ、前世の食事に比べたら……辛いかもしれない。 ぱくっ。 もぐもぐ。 「普通に食べてますね」 「すご……っ」 ん……。美味しい。あと久々にこんなに肉や野菜を食べたかも……。 そしてスープで終わりだと思えば、そんなことはなかった。そう言えば……貴族、なんだもんな。平民とはきっと違う……。 スープのあとに、メインディッシュが出たのだ。こう言うのは……お祝いの時にあの人たちが食べているのを見たことがあるけれど。平民にとっては高価なものでも、貴族にとってはやはり違うのだろうか……? しかも不思議な食感と味。 「やっぱりフォアグラ美味しいです~~!」 そしてツェリンの言葉で驚愕した。ふぉ……フォアグラ!?高級食材!? 「チェルナマチカ邸だと良く出るんですよね~~」 ほかの貴族だと違うのかな……。 「あと肉料理も全部美味しいです」 「胃にけっこうずっしり来るけど……ピスィカ兄さんは平気?」 「……」 こくん。 まぁ、香辛料があれば、いくらでも。むしろそうでもしなきゃ生きて来られなかっただろうし。 パウダーをかけて……と。 「たくさん食べてくださいね~~」 と、ティグルさん。 「えげつない色……してるけど」 フェルさんまで。 辛いの苦手なのだろうか。 もぐもぐ。 さらにはデザートまで。 ショムローイ・ガルシュカと呼ばれる、スポンジ生地にクリームやチョコレートなどを乗せたデザートらしい。 「あ、ピスィカ兄さん。それにパウダーはちょっと」 「……っ」 つい癖で容器を取ってしまい、慌てて戻す。まぁ……スイーツ……だからな。 もぐ。 甘い……。 街にはスイーツの屋台何かがあった気はするが……こうして甘味などを食べるのも前世ぶりじゃないかな。 そしてけっこう胃にずっしりくる。 肉や脂ものとは違った意味で……来た。 「んー、おかわりー!」 ツェリンはおかわりまでしてたけど……! ――――その夜 「ピスィカ……?ほら、これ、受け取ってなかったでしょ?」 入学式でもらいそこねたものを、ゼスさんが持ってきてくれた。 「制服は……。少し痩せてるけど、成長期だからきっとすぐにちょうどよくなると思う。細かいなおしはもう済んでるから、一応合わせてみて」 「……」 こくんと頷き、袖を通せば。丈は……大丈夫。でもゼスさんの言ったとおり、ちょっとぶかぶかかも。 「あと教科書と……」 教科書か……文字が読めないのに、いいのかな? そうひと思ってみれば。 「あ……、ピスィカは文字の読み書きも必要なのか……!そこら辺は授業が始まるまで練習だねぇ」 授業が始まるまではまた暫くあるらしい。 「でもま、焦らなくていいよ。声のこともね」 そう言うと、ゼスさんがぽふぽふと頭を撫でてくれる。 「……の、」 「ん?」 本当に……お兄さんみたいなひとだな……。 「……あの、ぜ……ゼス、さん?」 「……」 や、やっぱり呼んだら失礼だっただろうか……!? 「……ご、ごめんな……っ」 「謝る必要なんてないよ。ピスィカに呼ばれて嬉しい」 「……っ」 「でも……」 「……?」 でも……? 「お兄ちゃんかお兄さまかおにーたんがいいかな!」 ……最後の選択肢何……!? いやでも……いいのだろうか。俺が、ゼスさんたち兄弟の中に……入っても……。 ゼスさんはにこにこしながら俺を見ている。う……うぅん……。 「あの……ゼス、兄さん?」 「うんうん、それでもいいよ~~!おにーたんも本気で捨てがたかったんだけど~~!」 え、本気だったの!? 「でもま、ピスィカに呼ばれて嬉しいかなぁ~~。これからも呼んでね、ピスィカ」 「……うん」 こくんと頷けば、ゼスさ……ゼス兄さんが笑顔で部屋をあとにする。 「……」 本当にここでなら……。普通に、暮らせるのだろうか。 ――――ひとりの、人間として。 「……」 制服……脱ぐか。シワになっても困るし。 教科書をめくっても、まるで読めない不思議な文字。授業についていけるかどうか不安に思いながらも……。 「迷惑には……なりたくないもんな」 少しだけ……出してみた声は久々に聞くもので。 「……」 何ともない。大丈夫……。 少なくとも自分の名前だけは……取り戻したのだから。
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