【8】ヴォルラーム・スァ・ピスィカ・チェルナマチカ。

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【8】ヴォルラーム・スァ・ピスィカ・チェルナマチカ。

――――学園・グラウンド。 「……魔法の実技」 ――――その響きだけで、不安である。 「大丈夫だよ、兄さん。ぼくがついているし」 まぁ、ハヤトくんが一緒なら……とも思うのだが。 「まぁ、私は万年落第点ですけどね!」 それは胸張って言うことだろうか、ツェリン。 「ツェリンはできないなりにちゃんとやんないと、ウチで補習って、オスカー兄さんから」 「ふぐぅっ」 あ、ハヤトの言葉にツェリンが撃沈してしまった……。さらに実技の授業の講師に来たのは……。 「その通りだな」 「ぴぇっ」 オスカー兄さんと、数人の講師。魔法の実技の講師は複数人が基本らしい。その方が生徒をしっかり見てあげられると言う配慮と、あとは魔法の暴発など有事が起こった際に迅速に行動できるから……と言うことらしい。 「ツェリンの授業態度はしっかりと学園長に報告することになっているからな」 「そ……そんな……っ」 ツェリンが驚愕する。しかし……。 「学園長……?」 チェルナマチカ家に居候の身とは言え……何故学園長に報告がいくのだろう……?普通いち生徒ならそこまでの報告義務はあるだろうか……?ツェリンは魔法が苦手なようだけども。 「あれ、兄さん、聞いてない?ツェリンは学園長の娘だよ」 「へ……っ!?」 ……と、言うことは。あのスティファニーと言う子もそうではなかろうか……? 「ちょ……っ、ハヤトくん!ハードル上げるようなこと言わないでください~~っ!」 「因みに婚約者候補は王太子」 はい――――っ!?王太子って……つい先日まで平民以下だった俺にとっては、雲よりも上の大気圏くらい上の御方である。 「候補ですよ!あくまでも、こ・う・ほ!それに、ほぼ私は候補外ですので!」 候補になっただけでもすごいと思うのだが。 「まぁ、それがウチで謹慎させられてる理由だけどね」 ハヤトくんが呆れがちに告げる。 「……?」 どう言うことだろうと首を傾げれば、頬を膨らませ、ぷいっと顔を背けたツェリンの代わりにハヤトくんが教えてくれた。 「ツェリンは王太子殿下と婚約者候補たちのお茶会の席で、王太子殿下に思いっきり跳び膝蹴り食らわせたんだよ」 え……?と……跳び膝……!?よく打ち首になんなかったな、それで!?いや、何故かチェルナマチカ家で謹慎させられてるけど……っ! 「本当なら大問題だけど、学園長が王弟で、ツェリンと王太子殿下が幼馴染みだったから特別に謹慎だけで済まされてるけどね」 学園長が王弟って……ツェリンは正真正銘、王家の血を引くお姫さまじゃん……!? お姫さまと普通に口を利いてしまって良かったのだろうか?しかし、俺の心配を察したのか、ハヤトくんが『気にしなくて大丈夫』と声をかけてくれる。 「ツェリンはこの通りのじゃじゃ馬だからね」 「誰がじゃじゃ馬ですかーっ!」 しかし……どうしてか、ちょっと微笑ましくなってしまい、笑が漏れる。 あ……まずかっただろうか……そうびくっとなったのだが、ツェリンはこちらを向いてにこりと微笑む。 「じゃじゃ馬は気に入りませんけど、今までどおり、仲良くしてくださいね!姫とか呼んだら跳び膝蹴りですよ!」 それは……やだなぁ……? 「……うん、ツェリン」 でも、ツェリンと今まで通り友だちでいられることはとても嬉しいと思うのだ。 「……まぁ、うちも別の王家の血は引いてるがな」 オスカー兄さんの言葉にそう言えばとなったけれど。 ※ さて、衝撃の事実が明らかになったが、授業も始まるので、俺はハヤトくんとツェリンと共に実技の説明を受けている。 どうやら異世界ファンタジーものでよくある、魔法で的を射る……と言う内容のようである。 早速手本を言う講師陣の言葉に手を挙げたのは……。 「げ……っ、コニーじゃないですか」 スティファニーだよ、ツェリン。 いや、双子の姉妹なはずなのに、ツェリンは何で毎回スティファニーを呼び間違えてんだよ。 「スティファニーよ……!ほんと何でアンタみたいのがハヤトさまと……っ」 スティファニーが悔しげにツェリンを睨み、取り巻きたちもそうよそうよと頷く。 「ぼくは兄さんと一緒にいるだけなんだけど」 そう言ってぎゅむーっと俺の腕に抱き付いてくれるところは……何だか嬉しいやら、照れるやら。 「ツェリンはただのお守り」 「お守りって何ですかーっ!んもーっ!」 いや、お守りと言うか、単に仲がいいだけでは……とも思うのだが。 「全くお前たちはすぐ喧嘩をする。いいから、まずはハヤトが手本をやりなさい」 オスカー兄さんの言葉に、ハヤトが口を尖らせつつも前に出る。ハヤトが手本と言うことでスティファニーも納得したのか引き下がる。 「でも……スティファニーだから!」 「ボニー!」 いや、だからスティファニーとツェリンのその争いは何なんだろうか……っ!? そしてハヤトが手本を見せてくれる。 「今回は詠唱含めて」 「えぇ~~」 ハヤトはオスカー兄さんの言葉に文句を垂れつつも、手のひらを自身の前に出す。 「ハヤト・チェルナマチカが命じる。炎よ、顕現せよ」 チェルナマチカの言葉じゃない、共用語である。そしてその言葉と共に、手のひらにポウッと明るい炎が灯った。 「このように、基礎から行っていく」 オスカー兄さんが手のひらをパンパンと叩くと、ふいっとハヤトが魔法の炎をかき消す。 「すごい……あんなきれいな魔法って……ゼス兄さんが見せてくれたの……以来」 「魔法がとびきり得意な一族ですからねぇ。破壊級も、芸術的なものも、自由自在なんですよねぇ」 破壊級と聞くと……今までのを思い出してしまうのだが。しかし……芸術……か。 「俺も、できるかな」 「そうだね。やってみようよ」 気が付けばハヤトが戻って来てくれて、オスカー兄さんが各自練習に取り組むように告げ、グループに分かれた生徒たちに講師たちが付いてくれる。 俺たちのもとには……もちろんオスカー兄さんだ。 「じゃぁツェリンも、お手本代わりに」 ハヤトに言われ、ツェリンが渋々手のひらを自身の前に構える。 「むー、しょうがないですね……。ツェリン・ルシアーナが命じます!黒きイカズチよ、大地を穿て!」 は……?黒いイカズチ……!?何そのすごそうなの……!これ初級魔法の実技では……!?いいの!? しかし次の瞬間。 プスッ 何か5ミリくらいの電撃みたいなのが生じて……すぐに消えた……? 「ぷふーっ!アンタ、ほんとに王家の血を引いてるわけ?だっさっ」 近くで練習をしていたスティファニーが吹き出す。 「物理でカミナリを落とすのは得意です」 そう言ってツェリンが拳を構える。 「こら、やめなさい」 オスカー兄さんに怒られて渋々拳を引っ込めていたが。 「でも……たとえ下手でも何でも、練習に取り組む他者を笑うことは、王家の品性に関わると思うけど」 しかしハヤトがさらりと言ったひと言に、スティファニーが口ごもる。 「その……ご、ごめんなさい。悪かったわ……ツェリン」 「スティファニー……」 スティファニーって、こう言うときにちゃんと謝れるコ……なんだな。悪いコと言うわけではないのかも。そしてツェリン……ちゃんと名前呼べるじゃん。 「……っ」 そしてスティファニーもまた、それに反応したのか、じっとツェリンを見つめる。 「ほんと……こんな時だけ」 スティファニーは後ろを振り返ると、再び魔法の練習を再開する。 「あの……ツェリン」 「名前は重要なんですよ」 「……それは」 俺もずっと自分の名前はないものだと思っていた。だから、それが魔法の暴発の理由のひとつとなっていた。 「さて!次はピスィカの番ですよ!」 しかしツェリンは気を取り直すににこりと微笑んでくる。 「えと……うん」 「全くお前は……まぁ、いい」 オスカー兄さんも何かを知っているかのようにツェリンを一瞥したが、次に俺に向き直る。 「まずは、ハヤトのやったように、チェルナマチカの言葉でやってみなさい」 「共用語じゃなくていいの?」 「我々はそうやって日常生活の中で魔法が暴発しないように訓練する。チェルナマチカと言うのは魔法は日常の一部だからな」 そっか……そもそもそっちをやらないと、困るか。 俺が生まれ育った土地もチェルナマチカの言葉を一部受け継いでいたから、ちょっとしたことでも魔法が暴発したのである。 「じゃぁ、兄さん。教えるね」 ハヤトの手の動きに合わせて、俺も手のひらを自身の前に構える。 「ヴォルラーム・スァ・ハヤト・チェルナマチカ。フラカーラ ルーラ フラカーラ」 共用語とは違う不思議な音階の言葉だが、それは故郷の方言に近く、言葉として理解できるのと、その言葉の持つ意味を、この身体に流れる血と言うか、魔力が知っているのだ。 イメージするのは、手のひらの上にそっと灯る炎。 そしてハヤトの手のひらの上に先程と同じきれいな炎が灯る。 「ヴォルラーム・スァ・ピスィカ・チェルナマチカ。フラカーラ ルーラ フラカーラ」 ごく普通に口から次いで出た言葉共に、俺の手のひらの上にも、ゆらゆらと揺れるきれいな炎が灯った。 初めてかもしれない。俺も……こんなきれいな魔法が使えたんだな……。 「よくできた」 ぽすんと頭を撫でるオスカー兄さんの手のひらの温もりに、心にも温かい炎が灯った気がして……どうしようもなく、嬉しいんだ……。 今までひとから恐れられるばかりで、魔法を褒めてもらえたことなんて、なかったから。
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