【9】王都探索

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【9】王都探索

――――チェルナマチカ邸では、大きな湯船にも入れる。ここは前世の日本人としてはありがたい。平民暮らしだったころは平民は数日に一回お湯を使って身体を洗い、週一で公共の湯場で湯浴み……だったけど、俺はどちらも許可されなかったから、いつも川の水で水浴びだったからな……。 しかしこちらでは、時間の合う兄弟でお風呂……と言うのがすっかり日常である。 本日はハヤトとフェル兄さんと一緒に湯船に浸かっている。 ……そう言えばフェル兄さんって……何故湯船でもメガネ……。メガネは魔法コートしているそうなので一応前は見えてるらしいけど……。 本日も不思議に思っていれば、不意に……。 「ねぇねぇ、兄さん。せっかくだから街に行かない?」 そう、ハヤトに誘われたのだ。 「でも……お金とかないし」 「いや、それならステータスに紐付けされてオスカー兄さんが入金しててくれてるはずだけど」 それって魔法通貨!?ハヤトに教えてもらって開けば、確かに入っている。 「えっと……街で遊ぶくらいは……あるのかな……?でも貯金もしといた方が……」 「城ひとつ買えるくらいはあるから平気だよ」 その時、フェル兄さんにそう声をかけられて驚愕する。 「……っ!?」 し……城……っ!?ちょ……何でそんな大金……!き、貴族だから……?そうなのか!?それでも……城ひとつって……。 王都に来る時に持たされたお金よりもゼロが2、3多いような……。あれ、そう言えば、あの時のお金。王都まで移動するのに確か足りなかった分を実家がねこばばしたのではなかっただろうか……?あれはどうなったのだろう?今度オスカー兄さんに聞いてみようか……。 「だから行こうか~」 「うん、たまにはいいかもね」 考え事をしていれば、ハヤトの言葉に続いて、フェル兄さんも頷いてくれる。 街歩き……かぁ。王都に来てから暫く経つが、学園と屋敷以外で散策するのは初めて……かも。 少しわくわく……するなぁ。 ※※※ ――――そして、翌日。 ハヤトとフェル兄さんと、それからツェリンも誘い4人で馬車に乗り込み、街探索を楽しめる平民街までやって来たのだ。 「まずは美味しいもの!屋台ですね!あっち!あれ美味しそうですよ!」 「あ、ちょ……っ、ツェリン!?」 ツェリンに手を引かれ、屋台のワッフルや煙突型のパンを購入し……いざ。 「ん……っ、美味しい」 ワッフルはクリームが付いているから甘くて……煙突パンも外側はパリパリ……中はもちもちで美味しいかも……! 「屋台に来たら必ず買うんですよ。美味しいでしょ?」 「……うん……っ」 「ピスィカが気に入ったなら、お土産にいくつか買おうか……?変わり種もあるし」 「あのトッピング過多なやつ?」 フェル兄さんの言葉にハヤトが指差したのは……。クリームやチョコなどのトッピングがされたゴテゴテの煙突パン。 「あれ……甘そう」 「甘いですよ。結構ずっしり来ます」 あー……屋敷でよく出るスイーツみたいな……。うん、ツェリンはそう言ったものが好物なのだが俺には重たすぎる。 「いや……普通のでいいかな……」 「そう?じゃぁ兄さんたちのお土産も兼ねて」 フェル兄さんが追加で注文してくれた。 「次はどこら辺を回る?ブティックとか……」 「いいかもねぇ」 フェル兄さんとハヤトの言葉にびくっとくる。そ……それって……異世界ファンタジーとかによく出てくるおしゃれな店!?お、俺が行っていいのだろうか……。でもツェリンは興味あるかな……? 「ご飯屋さんもいいですよねぇ」 ……ツェリンは、花より団子だったか……。こっちの世界に団子はなさそうだけども……。 そして4人で次なる目的地に行こうとしていた時に、思わぬ再会をしてしまったんだ。 「おい……!お前、何でここにいる!」 その不快な声を忘れることなどできない。びくんと肩を震わせ振り向いたそこには……会いたくもなかった異父弟レークがいたのだ。 レークこそ、何故王都に……。それとも推薦状をもらって騎士になったから、王都に配属された……とか……? 「ちょっと……いきなり何なの?兄さん、コイツ誰」 ハヤトが不機嫌そうに俺の腕に抱き付くと、レークを睨み付ける。 「に……兄さん……って、何を言ってるんだ!」 「お前こそ何なの?兄さんに何の用だよ。てか兄さん、誰?」 ……そ、それは……っ。 名前を言うわけには行かないよな……。それでレークに怒鳴られたら困るし、異父弟と言ってもいいものだろうか。相手は俺と兄弟だと言うことも忌避しているのだ。 「そ……そいつは……!そいつのせいで俺たち家族がどういう目に遭ったか……!」 「あ゛?」 普段なら萎縮して、攻撃が止むまでじっと耐え忍ぶしかない。しかし、今はハヤトが一歩も引かずにレークを威嚇してる……。俺の方がお兄ちゃんなのに……情けない、かも……。 「いきなり何のことか知らないけど、君誰?」 その時、フェル兄さんが俺たちとレークの間に入ってくれる。 「お……俺はレークだ……!俺は……騎士団所属の騎士なんだぞ!!」 レークはそう言うと、まさかのまさか……腰に帯びた剣を抜いて俺たちに構えたのだ……! 「俺たち一家をめちゃくちゃにしたその化け物を、騎士の名に於いて、退治してやる……!」 ――――化け物。久々に聞くその言葉に、びくびくと震えてしまう。 「なるほど……オスカー兄さんからは聞いてる」 え……オスカー兄さんから……? 「ピスィカが随分とお世話になったようだけど……」 「は……?ピスィカ……?誰だ……?」 「ピスィカは自分の名前すら知らなかったと言うけれど、本当に酷い環境だったようだね」 「だから、誰の話をしているんだ!この……っ」 レークがフェル兄さんに向けて剣を構える。 「フェル兄さ……っ」 咄嗟に手を伸ばそうとした時だった。 フェル兄さん が俺を手で制し、そしてそのメガネを外す。そしてメガネの下から現れた瞳は俺やオスカー兄さんと同じく……赤である。しかしその瞳にはどこか不思議な……膜……?のようなものが見えるような。 「誰に剣を向けているかも分からないカスが。お前らご自滅したのは自業自得だろうが。俺たちチェルナマチカがピスィカに送った金を横領し、宝石やらドレスやら買い漁り、ご馳走をたらふく食って散財したんだろうが」 横領したお金を……そんなことに使ってたのか……。いや……カロータなら分からなくもないけれど。盗んだお金でそんなことをしても、何の意味もないだろうに……。 「結果……お前ら一家は捕まり、チェルナマチカから盗んだ分の金を返すためにただ働きさせられてんだったか……?貴族から金を盗んで即刻処刑になんないだけ感謝しろよ」 「なん……だと!?さっきから聞いていれば、お前何様のつもりだ!!」 「何様って……チェルナマチカ魔法公爵令息のフェリクス・チェルナマチカだけど。本来は罪人が口を利くことすら許されないんだけど。そして、ピスィカ……この子もチェルナマチカの一員で俺の大切な弟だ」 「え……チェルナ……マチカ」 さすがに自分たちが横領した金の出所くらいは知ってるか……。チェルナマチカから届いた手紙のことは知っているだろうし。しかし雲の上の存在であるチェルナマチカ家の顔ぶれは知らなかったらしい。……いや、そもそも、俺がチェルナマチカ家に引き取られたのなら、俺が一緒にいるフェル兄さんたちがチェルナマチカの一員だと言うことくらい想像がつきそうだが。俺を長年名無しの化け物と蔑んできたレークは、相当態度がでかくなっていたのだろうか……? 「違う……違う違う!俺たちは罪人なんかじゃない!そうだ……お前!化け物!」 フェル兄さんが俺をピスィカと呼んでも、俺のことは化け物としか認識しない。いや……自分より高位の存在だと認めなくないがためだろうか。 「この化け物を、長年に渡って養ってやった慰謝料に……俺たちがもらう権利くらいあるだろ……!」 養ってやっただなんて……。 毎日化け物と呼ばれて、召し使いのようにこき使われただけだ。 「あるわけねぇだろ」 フェル兄さんが先程とよりも語気を強めるのと同時に、赤い瞳がぎらりと光る。その光のせいだろうか、レークがふるふると震えながら剣を落とす。 「お前らがピスィカをどんな目に遭わせて来たのか……この魔眼で見りゃぁすぐに分かんだよ」 フェル兄さんの覇気に、レークが遂に膝をつき、へたりこむ。 ――――魔眼。フェル兄さんの目は魔眼なのか。だからこそそれが発動しないように、いつもメガネをかけていたのか。 「く……来るな……っ、化け物……っ」 フェル兄さんにまで……、そんなことを……っ! 「フェル兄さんにそんなこと……っ」 思わず口を開けば、レークがさらに硬直する。俺の口から放たれる言葉を、何よりも恐れているから。 「化けもん?あぁ、好きに呼べよ。構わねぇぞ。んなもん魔眼を持って生まれた以上は何百何万回と言われなれてんだよ。ピスィカは優しいから、生きるためにお前らにただ従っていただけだろうが……俺たちは違ぇ。化けもんと言われようが何だろうが、ピスィカに手ぇ出した以上は容赦はしねぇぞ」 「ひ……ひぃ……っ」 あれほど威勢の良かったレークが、言い返す気力もないほどに縮こまっている。そうだ……本来は、そうだった。魔法を使えるものの少ない平民にとって、摩訶不思議な魔法は脅威。恐怖や畏怖の対象。縮こまることしかできない彼らに怯え、生きていくために自分を封じ込めた。 彼らに攻撃することを封じた化け物を、攻撃する気がないのならと敷いたげてきたのは……彼らだ。 「た……助けて……っ、お……俺たち、きょ、兄弟じゃないか……!俺は、お前の弟なんだから……っ、助けろよ……っ」 そして意外なことに、レークがそう、俺に訴えかけてきたのだ。兄弟って……確かに、半分血は繋がっているが、今までそう扱われたことなんてなかった。そもそも俺はあんたたちと家族ですらなかったのだ。 「はぁ?ふざけんな!」 その時、ハヤトが声を上げる。 「兄さんの名前も知らなかったやつが、兄さんの弟を語ってんな!兄さんの弟はぼくだ。兄さんの弟はぼく以外はいらないよ」 ハヤトがしっしとレークに手を振る。そう……だよね。弟は……ハヤトひとりだけだ。レークが弟だったことなんて一度もない。 「ヴォルラーム・スァ・ピスィカ・チェルナマチカ」 そう、述べればレークがピクンと固まる。 レークの中にある恐怖が蘇ったのだろうか。俺が口を閉ざしたことで恐怖から解放され、化け物を虐げたことでいつの間にか自分の方が強いと誤認していたのだろうが……しかし、蘇ったからには、もう逃れられまい。 「俺の家族は、チェルナマチカの兄弟だけだから。お前たちはただの……他人だ」 最初にそうしたのは、お前たちのほうだ。そして、俺を家族として、兄弟として受け入れてくれたのは、紛れもない。チェルナマチカだけだったから。 「さようなら。もう会うつもりもないけれど、自分たちが盗んだお金は、ちゃんと自分たちで返しなよ」 恐怖でレークの耳に入っているかどうかは分からないが……フェル兄さんはよく言ったと頭を撫でてくれた。
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