【1】チート転生が正しいとは限らない。

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【1】チート転生が正しいとは限らない。

幾度となく紡がれる忌まわしい名は、この国の……この地域に伝わる怪物を指す。 異世界ファンタジー転生なんてのは、いいことばかりじゃない。最近は苦労人ルートやら成り上がりルートも一般的だ。 だからどん底スタートであれ、異世界ファンタジー史稀に見るヤバいスタートであれ、決して珍しいことじゃない。絶対王政のなんちゃってヨーロッパ風、魔法アリな異世界。 王族に生まれればそれなりに大変だろうし、貴族に生まれればそれもまたそれなりに大変だろう。婚約破棄パーティー、断罪劇、処刑行きなんてのもあるかもしれないし。まぁ貴族にも王族にもなったことないから分からんが。 しかし、平民に生まれると言うのは……。何と言うか、もう、ほぼゼロからのスタートと言う感覚だ。もしかしたら転生チートで成り上がり貴族ルートとか、スローライフルートなんてのもあったかもしれない。 幸いにも俺は生まれつき、魔法が使えた。これが転生チートなのかと喜べたらどんなに良かっただろうか。 この魔法の力でチートやら無双やらできたらそりゃぁもう、楽しい異世界転生生活の始まりだ。 だが、平民は基本魔法を使えない世界で。王族貴族が主に魔法を使え、魔力も持つ世界で。 ド庶民な平民が魔法を使えたら……どうなるか。 「あぁ……恐ろしい……恐ろしい怪物よ……何であんたなんか……生まれてこなければ、良かったのに……」 脅えきった産みの母からのそんな言葉をもらう。 産みの母は何度も何度も、この国に古くから伝わるまじないの言葉を紡ぐ。 「この……化け物……!!あんたなんて出ていけ!!来ないで!近付かないで!」 俺を未婚で産んだ母は再婚した男との間に一男一女をもうけた。その妹カロータからのヒステリー。 ものを投げ、怒鳴られるのは日常茶飯事。何もしてなくても、ただ与えられた農作業をしているだけでも、唐突に始まるヒステリー劇場。無視するだけならまだましだった。だがこのヒステリー劇場が始まるとわその度に鍬を止めねばいけない……。そうしなければ……。 「出ていけ!こんな化け物は、俺が騎士になって、やっつけてやる!!」 年齢がそう大差ないながらも、俺よりも明らかに体格のいい異父弟レークは、かわいい実の妹を魔力を持った化け物から守る、家族のヒーローだ。 異父妹カロータのヒステリー劇場を無視したが最後、こいつがすかさずやって来て、俺を殴り、蹴り、鍬を取り上げ、振り上げてくる。 土に血が滴ろうと気にすることもない。 無視しなくても、結末は同じだが、無視しない方が暴力にさらされる時間は短くて済むのだ。 そしてこいつらは……化け物と呼ぶ俺の血が染みた土で育った作物を食べている……。 その事実に気持ち悪くなりつつも……魔法を使う人間を化け物と呼びながら、魔法の呪文のようなまじないの言葉を叫ぶそのさまは……少し滑稽だ。……まぁ笑えば報復の暴力が待っているからぐっと我慢をするが。 ここは……耐えなければ。 じっと、レークからの暴言に耐えていればその、極めつけに……。 「……もう、出ていってくれ」 母が再婚した男……義父からの言葉。父と呼んだこともない。母から『母』と呼ぶことすら拒否された俺は、この庶民の家族と同じ家に住みながら、家族ではなかった。 平民は15歳で成人だ。つまりはひとり立ちできるのだ。だから15歳になったこの日、出ていくことは決めていた。魔法が多少使えるのならば。生存確率くらいは上がってほしいと願いつつ。金もなく、服も着ているものだけで。着の身着のまま、この家を……町を出ていくつもりだった。 「これを。お前宛てだ」 脅えきった母を背に庇いながら義父が差し出したのは、一通の文。 「町長は、文字が読める」 この世界……いや国では、文字が読める平民は少ない。騎士や貴族の家の使用人にでもなれれば別だが。 そしてただの農夫である義父もまた文字が読めないから、町長に読んでもらったのか。 町長は……母の父。つまりは俺の祖父にあたるのだが、祖父だと思ったこともないし、扱われたこともない。 そもそも母は都会に憧れ町を出たくせに、未婚で俺を身籠って町にのこのこと帰ってきた跳ねっ返りである。だから義父も町長の義息子と言う立場には立てず、傷物の娘を娶ったせめてもの礼のごとく、少し広めな土地を与えただけである。 まぁ、祖父はレークのことは体格がいいせいか気に入っていたし、孫娘であるカロータは跡取り夫妻の間にも娘はいないので、とりわけ溺愛していたが。俺は自身の娘に汚点をつけた存在としか見ていない。 だが、さすがに俺宛てらしいこの手紙は……読む価値があったらしい。明らかに上質な紙に書かれた、優雅な筆跡。読めなくてもそれが煌びやかで洗練されたものだと言うことくらいは分かる。そして、無視できない内容だった。 「お前の……父親からの手紙だ」 「……」 それは、意外な差出人だった。 俺の……父親。母が頑なに言わなかった、俺の父親のこと。いや、話すらできなかったからな。そして義父は、さも自分は俺の義父ですらないようないいぐさである。まぁ……事実だが。 「路銀も共に、送られてきた。これで、王都の父親の元へ、行け」 「……」 こくりと、頷く。すると義父がほっとしたような表情を見せる。この家のやつらは……俺がしゃべる……言葉を紡ぐだけでも脅えるのだ。一度言葉をしゃべったら、それで魔法が発動したことがあったから。 王都に行けば……本当の父親が待っているのだろうか。 こんな手紙と路銀まで寄越すくらいだ。文字の書ける職業の平民か……貴族……いや、そんな夢見がちな話はないか。母に生まれてこなければと言われてから、夢など……見るのはやめたのだ。 異世界転生に夢を見ることなど。 「二度と……うちには来ないでくれ」 義父の……いや……その男の言葉に、やはり俺はこの家の子ではなかったことを、思い知らされた。 「おい!化け物!」 そして、路銀と手紙を持って家を出ようとすると、そう叫んでくるこの家の()男の声が響く。 「俺はもうじき、騎士団に入る!」 15歳になるから……見習いとして入るのか。あの体格だ。きっと町長からの推薦状をもらえたのだろう。まぁ、町長もえこひいきしている孫だしな。 騎士団は平民でも実力があれば入ることができる。だがその実力を証明したり、しに行くのはたかが庶民には難しい。だから村長やら町長の推薦状があれば箔がつく。村長やら町長と言う立場のものも平民だが、それでも町村を管轄する領地の貴族である領主が任命したものたちだからな。 「俺が騎士になったら!まずはお前みたいな化け物を倒す!絶対にだ!首を洗って待っていろ……!」 騎士にだって貴族の子弟はいる。彼らだって魔法は使えるし、出世すれば貴族の専属騎士として雇われたり、貴族の警備を任されるかもしれない。さらには、王族に仕える近衛騎士団を目指すものまでいる……と言うのに。 魔力のある化け物を倒すのなら……そもそも騎士と言う職業が成り立たない気がするのだが……。 俺が言い返すことはない。 彼らに向かって、しゃべりかけることなんて、ないから。 俺は敢えて後ろを振り返らずに進む。そして冷たく閉じられるドアの音を聞きながら、溜め息を漏らした。 ここからは、王都へ向かう……。 持たされた路銀は……王都へ向かうには、少なすぎるものだったけれど。
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