コールドスリープ

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 周りに、自分以外知っている人がいなくなってしまう。ジョーとももう会えなくなってしまう。犬の命は人間よりも遥かに短い。だからコールドスリープを一度決意してしまったら、もう絶対に会えないのだ。母はジョーが大好きだ。だからこそ、お別れという選択は母にとって覚悟がいる選択だった。けれども、それよりもコールドスリープには大きなリスクがあった。  それは、いつまで経っても治療薬が開発されず、対象者は冷凍保存されたまま、もう目を覚ませないかもしれない、ということだ。  母はそれらを覚悟の上で、コールドスリープの利用を決心した。母は、当時治療薬が開発されていなかった死の病にかかり、医師からコールドスリープの利用を勧められた。それが今から15年前。本来ならば、もうとっくにこの世にはいない母の存在だが、コールドスリープのお陰で母はこの世にまだ存在していた。ジョーの方が先に旅立ってしまった。  いつも母を見ると嬉しそうにワンワンっ、と鳴くジョーの声が聞こえない。室内は静けさから寂しさを感じさせた。  目を覚ますこともなく、未だに眠ったままの母。それを覆うように被さったケースに私は触れた。  前まであれほど「おはよう」とか「おやすみ」とか、「ありがとう」とか「ごめんなさい」とか、そういう日常的に使う言葉が耳元で聞こえていたのに、母のその言葉を聞かなくなって、もう15年になる。母の姿は変わらず、顔を見るだけでホッとした。ジョーが死んでしまった時、私は一人ぼっちを感じてしばらく立てなかった。でもそんな悲しみでさえも、母の姿を見ることで微量ながらも和らぐ。母親って、やはり偉大だ。 「お母さん、おはよう」
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