コールドスリープ

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 私は仕事に行く前に、欠かさず母が眠る病院に訪れ、「おはよう」と言う。もちろん母からの返事は無い。けれど、例え返事が返ってこなくても、この言葉が母に届いていればそれで良かった。きっと天国からジョーも毎朝おはようと挨拶しているはずだ。耳元でワンっ!と元気な声が聞こえる。  言葉って偉大だ。「おはよう」って言えば元気になれるし、「おやすみ」って言ったら眠りにつける。「ありがとう」って言われたら嬉しいし、「嫌い」と言われたら悲しい。日本では昔から言霊と言って、言葉に宿ると信じられた霊的な力があると信じられている。そのお陰だろうか。  母に毎回「おはよう」と言うと、母が目覚めないことに悲しく感じながらも、今日が始まったと感じて、母のためにも頑張ろうという気持ちになれる。 「今日も寒いね」  私はマフラーを直しながら、母に言うと、窓を開ける。肌寒い風が部屋の中に入り、一瞬で熱を奪っていく。少し空気を入れ替えると、また窓を閉めて、母の隣に座った。  母は目蓋を閉じて、眠ったままだ。起きる気配なんて無い。母が起きるのは、治療薬が開発されて、それが病を治すことが出来るという確証を得てからだ。まだまだ先は長い。  母が目を覚ますときには、私はどうなっているのだろう。結婚しているかな。子どもがいるかな。まだバリバリ働いているかな。しわしわのおばあちゃんになっているかな。  母が目を覚ました未来は、いったいどんな未来だろう。 「あ、もうこんな時間だ!」  私は腕時計が差す時刻を見て、勢いよく椅子から立ち上がる。今から走れば、仕事には間に合う。少し長居しすぎてしまった。でも、母の傍にいると、どうしても時間が経つのを忘れてしまうのだ。 「お母さん、行ってきます」
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