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若林君との会話
何とかホームルームに間に合い、遅刻を免れたわけだけど——。
後ろから強烈な視線を感じる。『校内便り』を回すついでにさりげなく見渡すと、一番後ろの窓際席にいる若林君と目が合った。
彼は視線がかち合った瞬間、慌てて立てた教科書の陰に顔を隠してしまった。明らかに挙動不審だ。
私、何か悪いことしちゃったかなぁ。朝ぶつかった時のことを思い返してみても、これという心当たりはなかった。いや、そもそもぶつかったこと自体失礼と言えばそうなんだけど。
その日は授業を受けている間、ずっと後方から刺すような視線を感じていた。
憎たらしいあいつはと言えば、一体何がしたかったのか最後の六時間目の授業が終わると同時に、「じゃあな」と言い、いなくなった。
何か仕出かすのではないか、とビクビクしていたのに、勉強の邪魔さえもせずに無言を貫いていた。大人しすぎて怖いくらいだった。
放課後になり、私は部室へと向かう。
私が所属している美術部は、一応週五日の活動ということになっているが、部員全員が揃うのは週に一日しかない。課題さえこなしていれば、毎日来なくとも顧問は何も言わない。部室は常に解放しているので、各々好きなタイミングに来てねーという感じだ。
その顧問はと言えば、大体隣の準備室にこもっていて、よほど騒がしい声が響く時でないとそこから出ようとしない。だから放課後の美術室内には、部員たちの喋り声が始終蔓延している。
そんな雑な部活なので、部員以外の生徒が訪れようと、活動中に部員の一人が何も言わず退室しても、気に留める者などいない。
「それで……何? 聞きたいことって」
デッサンをしていた私の傍へ音もなく歩み寄り、
「き、聞きたいことがあるんだけど……いっ今、大丈夫? かな?」
と語りかけてきた若林君を見据える。
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