謎の男

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 ——やめられるわけないだろ。  「もう耐えられない……!」  死んじゃいたい、とこぼす私に、あいつはこんな提案をした。  ——じゃあ、医者に診てもらったらどうだ?  余裕そうなその声に思わず耳を塞ぐ。行為が終わると同時に、私の身体は支配から抜け出して、自由に動くようになる。  耳を塞いだところで、脳内に直接響くその声は防ぎようがない。わかっていてもそうせずにはいられなかった。  私の指は、水分を吸ってふにゃふにゃになっていた。そこから香る悪臭も、不快感を煽るには十分で、胃液が喉元まで込み上げてくる。  「医者になんか行かない! 行けるわけ、ないじゃない……!」  精神科に行って診察してもらったところで、私のこの病気が治る見込みは、限りなく低いのに。  こいつがある日突然に現れてから、二重人格について詳しく書いてある本を片っ端から読んでみた。  その結果、私が罹患している病気は、解離性同一性障害という名前だとわかった。  かつては多重人格とも呼ばれた病気。一人の人間の中に、全く異なる人格を持つ者が存在する精神病。  そして、この病気は完治が極めて難しい、という絶望的な事実も同時にわかった。
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