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「はーい、卒業生。そろそろ門閉めまーす。気を付けて帰ってくださーい」  学年主任の先生がパンパンと手を叩きながら歩いて来て、門に手をかけた。 「じゃー、帰るかー」  みんな「またねー」とか「元気でー」とか言いながら、三々五々別れていく。  そんな中学生活最後の、別れの儀式のような流れの中、僕の頭の中は僕をじっと見たりっくんの強い瞳で占められていた。  いつもはすぐに目を逸らしてたのに…  それに今日は1人だった。  話しかけてくる神谷と里田さんの声を上の空で聞きながら、僕はずっとそんなことを考えていた。  家に帰り着いたら先に帰っていた母が、 「律くんはね、おうちから大学に通うんですって」  と教えてくれた。卒業式で会った誰かから聞いたんだろうと思う。  大学生になったら家を出ることもあるんだって、僕はその時初めて思い至った。  じゃあ、登下校の時に駅とかで会えたりするのかな。  自室に入って、机の引き出しを開けた。  りっくんにもらった紺色のチェックのハンカチ。  これを見ると『りっくんと仲良かった時』が確かにあったんだって思える。  今はもう、普通に話せる気もしないけど。  …あの時なんで僕はりっくんから逃げたんだろう。  りっくんは逃げ出した僕をどう思ったんだろう。…なんとも思わないかな、僕のことなんて。  りっくんから逃げ出したあの日から、僕の中で何かが変わってきてる。  何かは分かんない。  りっくんと顔を合わせるのも恥ずかしくて、でも会いたくてモヤモヤしてる。  見かけたらすぐに目を逸らしてるくせに、声かけてくれないかなって思ってる。  矛盾だらけだ。矛盾しかない。  すれ違うだけでもどんな顔をしたらいいか分からないのに、でもやっぱり僕は、りっくんのそばに行きたいって思っていた。  バタバタと高校の入学準備をしている間に、りっくん家のコンビニがオープンした。お祝いのお花がいくつも並んでて、お客さんもいっぱい入ってた。  一高の制服の女の子が何人も来てるのは、りっくんに会いに来てるのかな。  中を覗いたら、私服の女の子たちがレジにいるりっくんに何か話しかけてた。  あの人たちは一高の卒業生とかなのかな。  いいな。僕もりっくんと話したいな。大学合格おめでとう、だけでもいいから伝えたい。  …でも、自分から近付くのは怖いし恥ずかしい。  だからお店には入れない。  ガラス越し、りっくんと目が合ってしまった。慌てて視線を外してその場を離れた。  速足で家への道を歩く。 「今日三島先輩いるかなあ?」って言ってる女の子たちとすれ違った。  あの子たちもりっくん家のコンビニに行くのかな。行って、お店に入って、りっくんと話したりするのかな。  ギリギリと唇を噛み締めながら家に帰った。  僕はなんでこんなにイライラしてるんだろう。  りっくんに近付きたいのに近付けないから?   僕のできないことを、女の子たちがいとも簡単にやっているから?  分かんない。  分かんないけどイライラしてぐるぐるしてる。  感情の波が激しくてしんどい。こんなこと今までなかった。  自分の気持ちなのに正体が分からない。  ただ苦しくて苦しくて、気を抜いたら涙が滲んできてしまった。  
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