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「先に手洗おっか。こっちおいで」  そう言って、お兄さんは僕の手を引いて保健室のすぐ外の手洗い場に向かった。 「いい? 洗うぞ。ちょっとがんばれー。痛い?」  僕の手を優しく握ったお兄さんが声をかけてくれながら、傷口に付いた砂を洗い流してくれた。 「だいじょぶか? 痛いよなー、ごめんな、ほんと」  お兄さんはそう言いながら丁寧に僕の両手を洗って、タオルを押し当てるように優しく拭いてくれた。  いたいけど いたくない 「次ひざな。こっちのが痛いな。くつ濡れっから脱がすからさ、俺の肩につかまって」  僕は言われるままにお兄さんの肩に手をかけて掴まった。お兄さんは僕の右足の靴と靴下を脱がしてくれた。そしてそのまま僕の踵を支えてくれた。ちょっとくすぐったい。 「水かけるぞー。がんばれよー。痛いな、がんばれがんばれ。えらいぞー」  お兄さんが声をかけてくれながら、優しく優しく傷口を洗ってくれた。 「よし終わり。泣いてないな。えらいぞー」  僕の足をタオルで拭いて、お兄さんはにっこり笑いながら僕の頭を撫でてくれた。  いたいけど いたくない 「あ、ありがとねー、三島くん。うん、キレイ、OK」  前の子の処置の終わった先生が僕の傷口を見て言った。 「俺自分のケガで散々やったからさー。でもほんと、ごめんな」  お兄さんは何回目か分からない「ごめんな」をまた言って、僕を覗き込んだ。僕はお兄さんに、うん、と頷いて応えた。 「あ、そうだ。利用カード、俺書いとく。クラスと名前は?」  お兄さんが慣れた様子で机の上の紙と鉛筆を取って訊いた。 「えっと、1ねん2くみ、高山空(たかやまそら)です」  なんかドキドキして、上手く声が出なかった。 「1ー2ね。高い山に青空とかの空でいいの?」  僕はまたうん、と頷いた。お兄さんは「オッケー」って応えてサラサラっとカードを書いてくれた。 「あれ? 空は『くん』? 『ちゃん』?」  お兄さんが僕の顔をじっと見て訊いた。目が強くてカッコいい。 「あ…えっと、ぼくは…」 「あ、男子か。ごめんごめん。かわいーからどっちか分かんなかった」  ごめんな、ってまたお兄さんが謝ってくれて、僕は首を横に振った。 「あ、そうだ。俺ね、三島律っていうんだ。4年1組な」  そう言ってお兄さんは僕に微笑んだ。  みしま りつ  りつお兄さんと喋ってる間に先生が膝にガーゼを当ててくれた。手のひらは絆創膏。 「はい、出来上がり。あ、もう休み時間終わっちゃうわよ」 「げ、マジで? うわ、みんな戻って行ってるし」  グラウンドを見たりつお兄さんは、外に置いてあった僕の靴下を取ってきてくれて、ささっと履かせてくれた。 「じゃ行こっか、空。せんせー、ありがとねー」  そら 「はーい」 「あ、ありがとうございました…」 「はい。気を付けてね」  外に出ると、もうグラウンドに人影はなかった。りつお兄さんも僕も急いで靴を履いた。 「間に合わねーから、靴箱までおんぶしてってやる。乗って」  お兄さんはそう言って僕の前にしゃがんだ。僕はちょっとドキドキしながら、またその背中におぶさった。 「走るぞ! しっかりつかまってろよ!」  と言って、りつお兄さんはどんどん走り出した。  はやいっっ  僕はりつお兄さんにぎゅうっと掴まった。自分で走るよりもずっと速いスピードで昇降口が見えてきた。まだ結構人がいてホッとした。 「あれー? 律どしたの?」  4年生の靴箱の近くで声をかけられた。りつお兄さんは1年生の靴箱に向かいながら振り返った。 「あ、直樹(なおき)ー。ぶつかってケガさせちったんだよー。で保健室行ってた」 「あー、なるほど」  4年生の人が「りつ」「りつ」って声をかけてて、それにつられてみんなが僕たちの方を見るから、ちょっと恥ずかしかった。  1年生の靴箱の前で僕を下ろしたりつお兄さんが、僕の頭にポンと手を置いた。 「痛い思いさせてごめんな、空」  そら  僕は首を横に振って応えた。 「じゃな」  そう言って、りつお兄さんは4年生の靴箱の方へ歩いて行った。  僕は少しの間、その背中をじっと見ていた。
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