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「なんかさ、空のお母さんにそんなつもりは全然ないって分かってても『空をよろしく』とか言われたら『ちゃんとしなきゃー!』ってなるな」
くすくす笑うりっくんの頬がほんのり赤い。
「付き合ってる子の親に会う、とか今までなかったから毎回すげぇ緊張する」
「そうなの?」
慣れてるんだと思ってた。何人も彼女がいたから。
「そうだよ。ほぼほぼ会ったこともないよ。送ったとしてもマンションのエントランスまでとか、家の門までだし。言い方悪いけど面倒くさいじゃん、親に挨拶とか。そもそもそんなすげぇ好きで付き合ってた訳でもねぇし」
少し口元を歪めながら、バツの悪そうな顔でりっくんが言う。
「だから、こんなん初めてなんだよ」
照れくさそうに笑う表情も格好いい。
「…僕はこうやって出かけるのも初めてだよ?」
好きな人と2人で出かけるなんて…。
「え、あ、そっか、デート初めてか。うわ、ごめんな、初が本屋で」
「デ…、う、ううんっ。全然そんな…っ。本屋さん好きだしっ」
デート、なんてはっきり言われたらドキドキが止まらなくなる。
「それに…、家庭教師の一環だし」
「うわ、そうだった。ダメだ俺、浮かれてる。空といるの嬉しすぎて」
もう駅前まで来てて、周りには結構人がいるけどりっくんは僕の肩を抱いたまま離そうとしない。僕がICカードに現金をチャージする間もそのままで、離したのは改札を通る時と階段を昇る時だけだった。
「なんか人多いな。今日何かイベントでもあんのかな」
土曜日の午前中にしては混んでいるホームを、りっくんは今回も背後から僕の両肩に手をのせて目当てのポイントまで誘導している。
「あ、そうか、ゴールデンウィークだ」
掲示板のポスターを見てりっくんが言った。
「全然忘れてた。やばいな、俺」
「僕も忘れてた…」
「そっか、俺ら2人ともやばいな」
そう言って2人で笑った。
快速の乗車列の最後尾に並んで、りっくんは僕の肩から手を下ろした。
ホームに並んでる間は肩は組めない。縦並びだし、かといって後ろから肩に手をのっけてるのもおかしい。
って思ってたら、りっくんが僕の頭に顎をのせた。
「これ電車も混むよなー。まあ平日のラッシュよりはマシか」
くっついてる頭と背中から、りっくんの声が響いて聞こえる。
ちょっと、周りの目が気になる。女の子たちがチラチラりっくんを見てる。
りっくんは見られるのに慣れてるのか、全然気にしてないみたいだ。
電車到着のアナウンスが流れて、間もなく銀色の車体が滑り込んできた。
りっくんがまた僕の両肩に手をかける。大きな手に包まれた肩が暖かくて、周りから守られてるみたいに感じた。
予想通りに電車は混んでいて、だから前みたいにドア付近には立てなくて、車内中央辺りまで進んだ。ぎゅうぎゅうではないけれど混んでる、そんな感じ。りっくんは高い位置の手すりを持って、僕は吊革に掴まって隣同士で立った。目の前の座席に座ってる2人組のお姉さんが、ちらっとりっくんを見上げて顔を寄せ合って、こそこそ何か喋ってる。
電車がガタンと揺れて、僕はぐらりとよろけた。吊革って掴まっててもグラグラする。
「空、吊革やめて俺に掴まる?」
りっくんが僕の耳元で囁いた。胸がドキンと鳴って息を飲む。長身のりっくんを見上げたら、「どうする?」って感じで僕を見てた。
どうしよ。
本音ではくっつきたい。でもでも…。
またガタンと電車が揺れてかしいだ僕の身体に、りっくんが長い腕を回して支えてくれた。
「このまま支えていくのと、俺の腕に掴まるの、どっちがいい?」
囁かれる低い声に、耳がぶわっと熱くなってきた。前の座席のお姉さんたちがこっちを見てる。
「…う、うで…っ」
僕を見てるりっくんに小さく告げると、りっくんはうんうんて頷いて、僕に回していた腕を外した。そして肘を僕の方に「ほら」って出した。
その肘に、手を伸ばす。
視界の端に、お姉さんたちが口元に手を当てたのが見えた。
恥ずかしい。顔熱い。でも…。
りっくんの腕に腕を絡める。もう前を向いてるのが恥ずかしいから、両腕でりっくんに掴まって、肩口に顔を伏せた。シャツ越しにりっくんの体温を感じる。
そのまま降りる駅までりっくんにぴったりくっついて、「行くよ」って言われて、うんって頷いて電車を降りた。大きい駅だから休日を楽しむ人たちでホームは混んでいた。
僕は時々しか来ないから、駅構内の道順は覚えてないけど、りっくんは通学で使ってるからか迷いなく進んで行く。改札が見えてきて「カード出さなきゃ」って思った時、ようやくりっくんと腕を組んだままなのに気付いた。
「あ」って思って見上げたら、りっくんはくすって笑った。
「気付いちゃった? 俺はこのまんまでも全然いいよ?」
そうは言われても、気付いてしまったら難しい。
「…カ、カード、出すから…」
そう言い訳をしながら、りっくんから腕を離した。
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