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改札を抜けたら「やっぱこっちかな?」って言って肩を抱かれた。どっちもくっついて歩いてることに変わりはないけど、男同士で腕を組んでるのは見ない。肩は見かけるけど。女の子同士は逆、かなぁ。  駅ビルの地下にある大型書店はなぜだか参考書類だけ売り場が離れてて、あんまり来ないから毎回迷うんだけど、今日はりっくんがいるから安心だ。 「りっくん、後で雑誌とかも見てもいい?」 「いいよいいよ、もちろん。うわーいいな、そのさ、見上げて訊いてくるの、すっげ可愛い」  可愛いなぁってもう一回呟きながら、りっくんが僕を引き寄せる。前から来てる女の人が「あ」っていう顔をした。  まあでも、知らない人だしいっか。  段々、そんな気持ちになってきてる。  触れ合う心地よさを知ってしまったら、ただ並んで歩くだけなんて我慢できない。  参考書を選んでる間も、りっくんの隣にぴったりくっついてアドバイスを聞いて、りっくんが高校の時に使ってたのと同じのに決めた。 「持ってってやるよ、重いし」  会計を終えた参考書をりっくんが広げてくれてるエコバッグに入れたら、りっくんはそのままそのバッグを自分のバックパックに入れた。  あれ? バッグ空っぽ? 「…りっくんもしかして、そのためにバッグ持ってきた、の?」 「ん? ああ、そうだよ? 荷物重くなるって分かってるから」  バックパックを肩にかけながらりっくんが言った。 「甘やかしすぎじゃない? 僕のこと」  嬉しくて気恥ずかしい  くすっと笑ったりっくんが、また僕の肩を抱いて囁く。 「そりゃ甘やかすだろ。5年越しだぞ? しかも絶対ないって思ってたし。世界一甘いインドのシロップ漬けドーナツより甘やかすぞ?」 「なにそれ。ドーナツのシロップ漬けってコワいんだけど」  そう言って茶化したけど、ほんとはちょっと泣きそうになってる。  5年越しって… 「空、雑誌って何見るの? ファッション誌?」  そう言って僕を覗き込んだりっくんの目が、「ん?」っていう感じになった。 「どした? 涙目んなってる」 「ううん、あの…、後で…いい?」  今、ここではちょっと話せない。 「いいけど…」  りっくんは心配気な顔をして、少し歩みを緩めた。  僕は勇気を出してりっくんの背中に腕を回した。りっくんが驚いたように僕を見る。そしてその口元が笑みを刻んだ。 「あの、あのね、りっくん」  広い背中に回した手で、シャツをくいっと引っ張る。 「ん?」  りっくんの表情から心配の色が消えて、溶けそうな微笑みが浮かんだ。  よかった… 「映画の雑誌とか、見たい」 「OK。空、映画好き?」 「うん」 「じゃ、空の中間終わったら何か観に行こっか。ゴールデンウィークはがっつりバイト入れちまったから無理だけど」 「うんっ」  わーいって思って見上げたら、りっくんは目を細めて僕を見た。  雑誌コーナーに連れてきてもらって、お互いに「どんなのが好き?」とか訊きながら一緒に雑誌をめくった。 「俺はまあ何でも観るけど。あえて言うならアクション物かな? 空は?」 「僕はファンタジーとかミステリーとか? あ、でもアクションも観るよ?」  りっくんの「何でも観るよ」はきっと、今まで彼女さんに合わせて色んな映画観たよってことなんだろうな。  そんな風に思ってしまって、ちくりと胸が痛んだ。 「空、腹減った? 昼飯何にしようか。だいたい何でもあるぞ?」  駅ビルのフロアガイドの前に置いてある館内案内のパンフレットを開きながらりっくんが言う。僕の肩に腕を回したままだから、僕の目の前にパンフレットがぺらんと広がった。 「パスタ、食べたい」 「OKOK。パスタなら何軒かあるから行ってみようか」
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