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「今日はさ、指導に来てくれてんの。わざわざ、ゴールデンウィークに」  佐藤先輩が笑いながら言うと、直樹くんが佐藤先輩を羽交締めにした。  仲良さそう。 「あ、それ、そのベスト、律のだろ。懐かしー、ほんのこの前だけど。空が着るとかわいーな。って、あ、空って名字は…」  直樹くんが何かに気付いたみたいな顔をして訊いた。 「高山です」 「高山か。あ、おれはね、岡林ね、岡林直樹。直樹くんでも岡林先輩でも好きに呼んで。おれはこれから高山って呼ぶから」 「え?」  僕の方に少し屈んで、にっと笑って言う。短い髪に焼けた肌。 「あいつが嫌がりそうだから。空って呼んでたら」 「え…? あ…、りっくん、が…?」  他に思いつかない。    直樹くん、…岡林先輩が、うんうんて頷いた。 「そう『りっくん』がね、嫌がりそうだからさ。…なあ高山。知ってる?」  岡林先輩が僕の頭にポンと手をのせた。 「あいつを『りっくん』って呼んでいいの、高山だけなんだよ?」 「え…?」  じゃあなって去っていく、岡林先輩と佐藤先輩の後ろ姿が小さくなるまで見送ってしまった。 『りっくん、って高山くんのオリジナルだったんだね』  先日佐藤先輩に言われた言葉が蘇ってきた。  りっくん、は僕だけ…?  みんなが呼びそうな、ごく普通のニックネーム、だと思う。  ああ、でも、僕がりっくんから逃げた日、あの時のりっくんの彼女は、りっくんを『三島くん』って呼んでた。  りっくんは、僕以外の人が『りっくん』って呼ぶの、禁止してたって、こと…?  うわあああああああ  僕は叫び出したい気持ちで走り出した。学校の南門を抜けて、見慣れてきた通学路を全速力で駆けていく。この道を、こんなスピードで走ったことはない。初めて見る景色みたいだ。  駅が見えてきた。もう足がもつれそうだし、息もすごく苦しい。  駅舎の端の方、人のいない所まで走って、(まろ)びそうになりながら壁に手を突いて止まった。  りっくんを『りっくん』って呼んでいいのは、僕だけ  はぁはぁと息を吐きながら、笑いそうになってくる。苦しいのに、顔がにやにやする。 『好きだよ、空。ずっとずっと好きだった』  耳の奥で、りっくんの声が聞こえる。 『5年越しだぞ?』  低く、甘い、蕩けるようなりっくんの声。 『空』  りっくんに名前を呼ばれると、いつだって嬉しい。  大好きな人が、ずっと前から自分のことを特別扱いしてくれてたなんて…。  くすくす笑いながら、でも涙も溢れてくる。壁の方を向いたまま、止まらない涙を手の甲で拭い続けた。  悲しくて涙が出る時は、頑張って楽しいこととか考えて止めるけど、嬉しくて泣けちゃう時はどうしたらいいんだろう。だって嬉しいから、別のことなんて考えたくない。  早く泣き止まないと帰れない。でもりっくんのことばっかり考えていたい。  格好よくて僕に甘いりっくんのことを想っていたい。  できることなら僕は、寝ても覚めてもりっくんのことだけ考えていたい。
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