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 あ…  りっくん家の酒屋さんから、もうすぐ家って所まで帰ってきた時になって、りっくんに春からどうするのか訊き忘れたことに気付いた。  会えるなんて、思ってなかったから。  …会えたらいいな、とは思ってたけど。  でも、まいっか。たぶん母がどこからか聞いてくる。母たちの情報網は探偵並だ。正直ちょっと怖い。  家のドアを開けて「ただいま」って言って、自分の部屋に向かった。  勉強しなきゃ  受験まであと少し。一高はこの辺ではまあまあレベルの高い学校だから気が抜けない。…模試の結果は合格圏内だったけど。  …りっくんは、あの高校でどんな3年間を送ったんだろう。  3つ違いのりっくんとは、小学校以来同じ学校に通ったことがない。  でも中学に入学したら、もう卒業したりっくんの話を色んな人から聞いた。だから高校も同じ所を目指すことにした。  遠くなってしまったりっくんの話を、誰かから聞きたかったから。  小学校生活にもやっと慣れてきて梅雨が近付いて来ていた頃、僕は登校途中に忘れ物に気付いて家に取りに帰った。そして大慌てで家を出た時、りっくんに会った。 「お! おはよ、空。朝会うの初めてだな」 「あ、おはよーございます。あの、わすれもの…」 「あー、なるほど。いつももっと早いんだな。まだ大丈夫だぞ、って言っても俺のスピードで歩けば、だけどな」    そう言いながら、りつお兄さんは僕を歩道側にして手を繋いだ。 「引っぱってってやるから、がんばって歩けよ? ちこくするぞー」  俺いっつもギリギリだから、って笑いながらりつお兄さんが言った。  僕はりつお兄さんに手を引かれて一生懸命歩いた。間に合うか不安だったけど、1人で歩くより速くて、それにりつお兄さんが「だいじょうぶ」って言ってくれて少しホッとした。 「…あ、あの…」  この前からずっと、訊きたいことがあった。 「ん? なんだ? 空」 「…なんて、よんだらいい、ですか…?」  りつお兄さんを見上げて、僕はドキドキしながら訊いた。 「ああ、律でいいよ。みんなそう呼ぶし」 「りつ…さん?」  学校で、「おともだちのなまえには、『さん』をつけてよびましょう」って先生が言ってた。 「さん。さんかー。俺、みんな『さん付け』あんま好きじゃねんだよなぁ。かと言って呼び捨ては俺は全然いいけど、周りからあの1年生生意気だ、とか言われたら空がかわいそうだしなぁ」  覗き込まれてドキッとした。 「…じゃ、りつくん…?」  さん、じゃなかったら、くん、だよねって思って訊いた。 「ああ、うん。それでいいよ。もっかい呼んでみて。練習練習」  ほらほらって言われて、速足で歩いてるのも混ざってすごいドキドキした。 「り、りっくん」  ドキドキして、『りつくん』が『りっくん』になってしまった。 「あ、いいじゃん。りっくんにしようぜ。りっくんて呼んで、な? 空」  キラッキラの笑顔を向けられて、僕はただ、うんと頷いた。校門が見えてきて、急ぎ足で登校する人もいっぱい見えてきた。 「おー、律ー。おはよーって、あ、その子、この前お前が転ばせた子?」 「そうそう。空っていうんだ。かわいいだろ?」  かわいい…? 「1年生はちっこいよなー」  りっくんの友達が僕を見て言った。  あ、ちいさいっていういみ? 「なー。ちっさくてかわいいよなー」  りっくんはそう言いながら、僕の頭を撫でて顔を覗き込んだ。  どきどき どきどき    りっくんは僕を1年生の靴箱まで送ってくれて、ちょうどその時予鈴が鳴った。 「じゃーな、空。急げよー」  そう言って、りっくんはバタバタと走って行った。  4ねんせいは3がいだ  僕も急いで上履きに履き替えて、2階の1年の教室に向かった。  もうりっくんには会わなかったから、先に階段を昇ったか、それとも別の階段を使ったんだろうなと思った。  どうにか本鈴までに間に合って、でももうほとんどみんな席に着いてて、僕はこそこそと席に着いて急いでランドセルの中身を机に入れた。  その間もずっとドキドキは続いていた。急いで歩いて来たからか、りっくんと朝から会ってびっくりしたからかは分からなかった。  りっくん  呼び方が決まったら友達認定された気がした。  なんかうれしい  朝の会を聞きながら、1人でこっそりにやにやしてた。
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