751人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ
4
あ…
りっくん家の酒屋さんから、もうすぐ家って所まで帰ってきた時になって、りっくんに春からどうするのか訊き忘れたことに気付いた。
会えるなんて、思ってなかったから。
…会えたらいいな、とは思ってたけど。
でも、まいっか。たぶん母がどこからか聞いてくる。母たちの情報網は探偵並だ。正直ちょっと怖い。
家のドアを開けて「ただいま」って言って、自分の部屋に向かった。
勉強しなきゃ
受験まであと少し。一高はこの辺ではまあまあレベルの高い学校だから気が抜けない。…模試の結果は合格圏内だったけど。
…りっくんは、あの高校でどんな3年間を送ったんだろう。
3つ違いのりっくんとは、小学校以来同じ学校に通ったことがない。
でも中学に入学したら、もう卒業したりっくんの話を色んな人から聞いた。だから高校も同じ所を目指すことにした。
遠くなってしまったりっくんの話を、誰かから聞きたかったから。
小学校生活にもやっと慣れてきて梅雨が近付いて来ていた頃、僕は登校途中に忘れ物に気付いて家に取りに帰った。そして大慌てで家を出た時、りっくんに会った。
「お! おはよ、空。朝会うの初めてだな」
「あ、おはよーございます。あの、わすれもの…」
「あー、なるほど。いつももっと早いんだな。まだ大丈夫だぞ、って言っても俺のスピードで歩けば、だけどな」
そう言いながら、りつお兄さんは僕を歩道側にして手を繋いだ。
「引っぱってってやるから、がんばって歩けよ? ちこくするぞー」
俺いっつもギリギリだから、って笑いながらりつお兄さんが言った。
僕はりつお兄さんに手を引かれて一生懸命歩いた。間に合うか不安だったけど、1人で歩くより速くて、それにりつお兄さんが「だいじょうぶ」って言ってくれて少しホッとした。
「…あ、あの…」
この前からずっと、訊きたいことがあった。
「ん? なんだ? 空」
「…なんて、よんだらいい、ですか…?」
りつお兄さんを見上げて、僕はドキドキしながら訊いた。
「ああ、律でいいよ。みんなそう呼ぶし」
「りつ…さん?」
学校で、「おともだちのなまえには、『さん』をつけてよびましょう」って先生が言ってた。
「さん。さんかー。俺、みんな『さん付け』あんま好きじゃねんだよなぁ。かと言って呼び捨ては俺は全然いいけど、周りからあの1年生生意気だ、とか言われたら空がかわいそうだしなぁ」
覗き込まれてドキッとした。
「…じゃ、りつくん…?」
さん、じゃなかったら、くん、だよねって思って訊いた。
「ああ、うん。それでいいよ。もっかい呼んでみて。練習練習」
ほらほらって言われて、速足で歩いてるのも混ざってすごいドキドキした。
「り、りっくん」
ドキドキして、『りつくん』が『りっくん』になってしまった。
「あ、いいじゃん。りっくんにしようぜ。りっくんて呼んで、な? 空」
キラッキラの笑顔を向けられて、僕はただ、うんと頷いた。校門が見えてきて、急ぎ足で登校する人もいっぱい見えてきた。
「おー、律ー。おはよーって、あ、その子、この前お前が転ばせた子?」
「そうそう。空っていうんだ。かわいいだろ?」
かわいい…?
「1年生はちっこいよなー」
りっくんの友達が僕を見て言った。
あ、ちいさいっていういみ?
「なー。ちっさくてかわいいよなー」
りっくんはそう言いながら、僕の頭を撫でて顔を覗き込んだ。
どきどき どきどき
りっくんは僕を1年生の靴箱まで送ってくれて、ちょうどその時予鈴が鳴った。
「じゃーな、空。急げよー」
そう言って、りっくんはバタバタと走って行った。
4ねんせいは3がいだ
僕も急いで上履きに履き替えて、2階の1年の教室に向かった。
もうりっくんには会わなかったから、先に階段を昇ったか、それとも別の階段を使ったんだろうなと思った。
どうにか本鈴までに間に合って、でももうほとんどみんな席に着いてて、僕はこそこそと席に着いて急いでランドセルの中身を机に入れた。
その間もずっとドキドキは続いていた。急いで歩いて来たからか、りっくんと朝から会ってびっくりしたからかは分からなかった。
りっくん
呼び方が決まったら友達認定された気がした。
なんかうれしい
朝の会を聞きながら、1人でこっそりにやにやしてた。
最初のコメントを投稿しよう!