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 あの日りっくんに貰ったハンカチは、チャック付きのポリ袋に入れて、今も机の引き出しに仕舞ってある。自分で手洗いしてアイロンもかけた。    りっくんが言った通り、近所を歩いてる時とか時々りっくんを見かけた。りっくんは変わらず手を振ってくれたり、声をかけてくれたりした。  初めて学ラン姿のりっくんを見た時は大人っぽくてびっくりした。ほんの数日前に三島酒店の前で会った時と別人みたいに見えた。 「なに目ぇまん丸にしてんだよ、空」  そう言って笑ったりっくんが、僕の頬を指の背でスッと撫でた。  中学生になったりっくんは、朝少し早く出るようになったみたいで、登校時によく見かけた。朝りっくんが手を振ってくれたら、その日は良い日だって思えた。  僕は学校の帰りに時々回り道をして三島酒店の辺りまで行った。ごく稀にりっくんに会える時があった。今思えばあれはテスト発表期間だった。 「空、なんでそっち側から来てんの?」  小学校からの帰り道とは違う方向から歩いてきた僕に、りっくんがちょっと不思議そうな顔をした。 「あ…、えっと…」  僕は答えに詰まった。はっきり言うのがなんか恥ずかしかった。 「もしかして、うち、行ってた?」  微笑みながら訊かれて、僕は小さく頷いた。 「…りっくんに、会えたらな…って思って…」  また背が伸びたりっくんを上目に見上げて、ボソボソと僕は応えた。りっくんは目を見張って僕を見て、そしてスッと視線を外した。 「…送ってってやるよ。すぐだけど」  りっくんは僕の両肩を持って歩道側に誘導しながら言った。 「うん!」  うれしい  たぶん5分ぐらいの距離だけど、それでも嬉しくて、りっくんも知ってる先生の話とかしながら歩いた。りっくんは「へー」とか言いながら、うんうんて頷いてた。  ゆっくりめに歩いたけどすぐうちに着いちゃって、「またね」ってりっくんに手を振った。りっくんは「じゃあな」って言って帰って行って、僕はその広くなった背中を見送った。  あの頃はそんな風に時々会って話もできていたけれど。  少しずつ、りっくんは僕から距離を取り始めた。  登校時、姿を見かけることがなくなった。  道で見かけても、手を振ってくれなくなった。  前なら声をかけてくれてたな、っていうタイミングでも、ちらっと僕を見るだけになった。    ちらっと見て目を逸された時の、冷たいスコップで心臓を抉り取られたような気持ちは、今でも忘れられない。  そしてりっくんは前みたいに笑わなくなって、よく女の子と歩くようになった。  そうなると、僕はもう声をかけることも、手を振ることもできなくなった。  ただ、僕を見ないりっくんとすれ違うだけ。 『友達認定』はいつ解除されちゃったんだろう。  歳の離れた友達は、続けて行くのが難しい。  りっくんはどんどん大人になっていって、僕は追いつけなくて、  でもそれも仕方のないことなんだと思うことに、した。
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