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 学校に行くのが、ちょっと怖い。  朝、りっくんから『おはよう。大丈夫か?』ってメッセージがきて、大丈夫って返したけど、ほんとは嫌な感じでドキドキしていた。  昨日りっくんが結んでくれたネクタイを慎重に元の形に戻して、りっくんのベストを着て『武装』した。  いつもの時間に家を出て、いつもの電車に乗るためにホームに向かった。里田さんとは特に約束してるわけじゃないけど、たいてい同じ電車で登校してる。  でも今日は会えないかもって思った。  昨日の僕とりっくんを見て、里田さんに距離を取られる可能性もあるって、朝になって気付いた。 「おはよー、高山くん。体調はもういいの?」  後ろからポン、と肩をたたかれた。 「お、おはよ、里田さん。おかげさまで全然大丈夫…」  いつも通りの笑顔で里田さんが声をかけてくれてホッとした。  良かった、普通に話しかけてくれた…。  嫌なドキドキが少しだけマシになった。 「…ちょっと表情硬いね、高山くん。…学校、怖い?」 「え…」 「女子の情報網、ナメちゃだめよ、高山くん」  里田さんがにやりと笑った。 「絶対、じゃないけど、女の子って好きな人に言われたことは守るから大丈夫だと思うよ。みんな三島先輩に嫌われたくないだろうし」 「里田さん、あの…」 「ねぇ、高山くん。家庭教師のオプションでお迎えってあんま聞かないよね」  そう言われて僕は言葉に詰まって里田さんを見返した。  里田さんが僕を見て、今度は少し淋しそうに笑った。 「…高山くん、三島先輩と付き合ってるんでしょ? そのベスト着てきた時にすぐ気付いたよ。前の日までの高山くんが蕾だったとしたら、一気に満開ってくらいキラキラして可愛かったから…。それに、先輩の卒業式で号泣してた高山くんも、中学で先輩の思い出話を嬉しそうに聞いてたのも、時々道で先輩とすれ違う時にちらっと先輩を見てる高山くんも、あたし知ってたから」 「…あ…」 「あたしはね、いいと思うよ。お似合いだと思ったし。先輩が高山くんのこと大事にしてるのすごい伝わってきたもん」  里田さんの目が少し潤んで泣きそうに見えた。  …里田さんも、りっくんのこと好きだったのかな… 「昨日のことはね、『三島先輩が連れてた子に手を出さないように』っていうのが回ってきてたの。だからたぶん、見られるぐらいで済むと思うんだけどなぁ」  まあでも見られるのもねぇ、って里田さんが顔を顰めて、僕は頷きながら昨日のあの突き刺さるような視線を思い出してた。 「あたしも一緒に浴びてあげる。嫉妬の視線」  里田さんが、ふふって笑って僕を見た。また少し心が軽くなる。  いつも通りの混み合った電車が到着して、押し込まれるように乗車した。学校の最寄駅に着いたら、早速肌がちりちりするような感覚がした。 「うわー、なんかいつもと違う感じで視線がイタイね」 「え?」 「だっていつもそれなりに見られてるでしょ? 高山くん、可愛いから。…やだ、気付いてなかったの?」  里田さんがちょっと呆れたような表情で僕を見た。 「…うん…」  首をすくめて里田さんを見返したら、しょうがないなー、みたいな顔をされた。 「まあでもそっかー。日常すぎて分かんないか。あたしも慣れてきちゃったし、高山くんといるようになって」  値踏みするような視線と、「あの子あの子」っていう声があちこちでする。  ある程度の覚悟はしてたのと、里田さんがいてくれるので耐えられた。  もうすぐ予鈴が鳴る、という頃に神谷が教室に入ってきて僕の席までやってきた。 「おはよ、高山。身体はもういいのか?」 「お…はよ、神谷…」 「おはよー、神谷くん。声かけてこないかもって思ってたけど」  里田さんがカバンを肩にかけながら神谷を見上げて言った。 「…部長に言われたんだよ。高山が面倒なことになるかもしれねぇって。だから…」 「やさしーね、神谷くん。じゃ、あたし教室行くから」  里田さんがうちのクラスから出て行って、予鈴が鳴った。神谷は僕を見下ろして、そして自分の席に向かった。  里田さんが言った通り、見られる以上のことは何もなかった。…裏で何を言われてるかは分からないけど。  りっくんがいつものように時々メッセージを送ってくれて、それも心強かった。  まあまあ平和に1日が終わったけど、何気に放課後が怖い。  神谷は部活に行って、里田さんは「今日は部活ないから」って言って一緒に帰ることになった。  昇降口に向けて廊下を曲がった所に昨日のボブヘアの先輩がいて、ビクッとして足が止まった。
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